初めて目を開いた時の事をよく覚えている

真っ暗な部屋はひどく冷たくて
手を伸ばしたって、自分さえ見えなくて

零れ落ちる涙が涙だということも分からずに
俺はずっと泣いていた






揺れて落ちた果実の行方






かつん、と薄暗い廊下に響く自分の足音が、思っていた以上に大きく響いて思わず身を震わせた。
誰の気配も、誰の音も、自分以外の何かが生きているという気配のない冷たい闇の石壁が、どこまでもどこまでも続いている。


「誰か……誰か、いませんか……?」


か細い自分の声が廊下に響いて、わんわんと耳鳴りのように繰り返される。当然のように返事は返ってこず、ただ沈黙だけがその場に降り立った。
目覚めた時と同じように頬を濡らす液体を右手で拭い、その手で壁に手をつく。ふらふらと足を進めて、何度も躓きながら暗い廊下をひたすらに進み、そしてやっと壁の切れ目に辿りついた。

目を射る眩しい光に思わず目を閉じ、それから恐る恐る瞼を上げる。大きな窓がすぐ目前に広がり、その向こうに広がる見知らぬ世界が視界に入った。
窓の傍まで駆けよって、外を眺める。目を大きく見開いても、全てを視界に収める事は難しいほどに広がる、広大な世界。その全ては薄暗い闇に包まれ、空を見上げてもそこにあるべきものは広がっていない。
先程明るいと感じたこの部屋も、真っ暗だった廊下よりは明るいだけで、今見渡せば少しも眩しさを感じる事はなかった。


「……どうして…………」


どうして、空に**がないんだろう。

心の中にある焦燥感に近い、**を求める心。
俺は、確かにずっとあれを。


「ずっと、欲しかったんだ」







誰かに名前を呼ばれた気がして目を開くと、薄い色のローブがまず視界に入った。その後に見慣れた仲間の顔と、彼が握っている短杖が見えてくる。


「大丈夫ですか? 傷は一通り直したのですが……」
「あぁ……痛みはない」
「そうですか。起き上がれるようだったら、起き上がってみてください」


その言葉に従って身を起こし、身体の状態を確認する。どこにも異常がない事を柳生に告げ、辺りを見回した。そのしぐさに気付いた柳生が、状況を説明してくれる。


「魔王はここにはいません。仲間は全員無事で、案内人の仁王君と丸井君もちゃんと揃っています」
「怪我はないのか?」
「ええ。そもそも、仁王君と丸井君は私たちの仲間ではありませんので、魔王の攻撃を受けていないようです」
「そうか……」


魔王はどこに行ったのだろう。そう思うと、憎むべき魔王が残した言葉が頭の中に浮かび上がった。
悲しげな表情と、やりきれない悲しみと怒りを秘めた口調。

魔王がそんな表情を浮かべると思っていなかった。そんな……人間のような感情を持っているとは思っていなかったのに。


「柳生」
「はい」
「魔王とは……魔王とは、一体何なのだろうな」
「真田君?」
「いや……なんでもない。お前も疲れているだろう。これからどうするかは少し休んでから考える」
「分かりました。では、私も少し休ませていただきます」
「ああ」


柳生は優秀な光魔法の使い手で、さらには癒し手でもあるが、こんなに大人数の治療をすれば疲労は溜まる。
大人しく壁際へ向かう柳生を見送り、これからの事を相談するために頼れる相談役の元に向かった。


「蓮二、無事か」
「ああ。お前もその様子では無事のようだ」
「勿論だ。俺はそう容易く倒れたりはせん」
「魔王にはやられたがな」
「……言い返す言葉がないな」


すまないと呟くと、肩に手が置かれ、軽く何度か叩かれる。気にするな、という彼なりの意思表示だろう。


「それにしても……太陽神の血を継ぐお前でさえ倒せないか」
「ただの少しも歯が立った気がしない。まるで別次元の生き物だった」
「だが、それでもあれは倒すべき敵だろう」
「当たり前だ」


そう、魔王は人間の敵で、倒すべきもの。そんなことはよくわかっていて、これまではその気持ちに少しの揺らぎもなかったのに。
何故か、少しだけ疑問が胸中に湧いた。本当に、あれは敵なのだろうかという、あまりにも根本的な疑問。
そんな事を考えても、もうどうしようもないというのに。


「それで、どうする? このままここに留まるか」
「いや……一度城を出よう。城の近くで野営し、体勢を整えてからもう一度戦いを挑む」
「分かった。それが一番の案だろうな」
「……だと、いいがな」


薄く呟いた言葉は蓮二には届かなかったようだ。彼は今後の事を仲間たちに伝えるために踵を返す。その背中を見つめ、一度広大な魔王の城のエントランスを振り仰ぐ。
そこに魔王の姿があったような気がしたけれど、きっとそれは気のせいだったのだろう。



div align="right">疑問はあるべきではなかった
だから、見えないふりをした

101104


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