初めて同じ年頃の人間と引き合わされ、これがお前の仲間になる者だと告げられた
幼い頃からとても頭が良くて、驚異的な速度で魔法を治めた。それを知った太陽神がわざわざ呼び寄せたのだと言う

両親から引き離されて連れてこられた少年は、薄っすらと黒い瞳を覗かせて俺を見ていた
ほんの少しだけ小さい背と華奢な身体。魔法を操るからこそ肉体を鍛える必要はないらしいが、それにしても細い身体は俺の腕の一振りで壊れてしまいそうだった

見つめあって、数秒
互いに言葉を発することなく、静かに目を逸らした






狂う希望の端を見た






薄暗い魔王の城には、何度足を踏み入れても慣れる事が出来ない。遠くから響いている魔物の咆哮が不気味に反響し、いんいんと空気を揺らしていた。
エントランスを抜け、先日魔物が現れた通路を進む。その先はT字路で、左右に長い廊下が続いていた。とりあえず右手の道を選び、不規則に扉が並ぶ廊下を進む。所々にかけられた蝋燭の光が影を揺らし、その動きが風で歪んだ。
右の廊下の先には食堂らしき部屋。左の廊下の先には何に使われているのか分からない小部屋と廊下がある事を、この数日の探索で知っていた。その向こう側にはさらに階段があり、この城の上層部へ上がることも可能だ。とてもではないが、全ての部屋を把握することは困難で、毎日少しずつ先に進むと決めていた。
意識して殺しても響く足音が耳につく。この音を聞いて、彼が隠れてしまわないかと不安になった。一日をほぼ歩く事に費やし、それでも彼に会う事が出来た日は少ない。探す場所の問題なのか、それとも彼の気分なのか。それすらも分からないのだから、運に任せるしか手はなかった。
彼しか住んでいない筈の城の食堂は、一体何人が席につけるのかさえ分からない程に大きい食卓があり、さらに大量の椅子が並んでいる。そのどれにも厚く埃が積もり、長年使われていない事をはっきりと示していた。
何度も何度も同じ道を歩き、注意深く辺りを観察すれば色々な事を知る事が出来た。大抵の小部屋には食堂の椅子と同じような大量の埃が積もり、一見して使われていない事を示している。そういう場所に何度足を運んでも、彼に会う事は出来なかった。
逆に、広すぎる城の中でも比較的埃の少ないさっぱりとした部屋がいくつかあった。これまで彼に出会ったのはどれもそういう部屋の中で、きっと彼の行動範囲は決まっているのだろうとおぼろげな予測を立てる事が出来た。それに従って部屋を回りながら、少しずつ城の奥深くへと入り込んでいくというのを、この数日飽きもせずにただひたすら繰り返していた。


「……ここも、外れか」


開いた扉の向こうに広がる書斎らしき部屋。その中を一望して、そこに彼の姿が無いことを確認する。ため息交じりに扉を閉ざして、さらに廊下の奥深くへと足を向けた。

最初、城の内部まで道を把握している仁王に道案内を頼もうかとも思ったが、彼はそれには非協力的だった。元より彼は謝礼で雇われている訳ではない。その意思を束縛することはできず、否を告げられればそれに従うしかなかった。
安全を確保した野営地で、丸井を抱えた仁王は感情の入り混じった瞳で城を見つめていた。時折、丸井が寝静まってからふらふらと城の中に入り、日が昇る頃に帰ってくる。何をしているのかを問うても、碌な返事は返ってこなかった。
丸井は丸井で仁王の目を盗んではこっそりと城に入り込んでいるようで、その度に仁王に連れ戻されていた。叱られる度に涙を浮かべるのに、次にチャンスが来れば迷わず城に近づいていくのだからよほどの理由があるのだろう。
彼らが何故城に固執し、頑なにその理由を隠しながらも俺たちから離れていかないのかその理由は分からない。それを問いただす事は憚られて、うやむやのままに行動を共にしていた。

扉をくぐれば、エントランス程ではないが開けた空間に出た。壁一面に広がるのは規則的に並んだ棚だ。そこにはびっしりと本が並び、不意に紙の匂いが鼻先をくすぐった。
見上げる程に高い図書室には、壁に取り付けられた通路と階段がある。その一つに黒い影を見つけて、思わず息を飲んだ。


「また、君か」


冷たい声。感情のこもらないそれを浴びながら、そっと一歩踏み出す。

この地に留まり魔王の事を知りたいと願った俺を見て、蓮二は呆れたようにため息を吐いて赤也ははっきりと不服を口にした。柳生は困ったように視線を彷徨わせるだけだったが、彼らと同じ気持ちである事は明らかだった。
魔王と何を話し、何を考えてこの結論に至ったのか。それは何度も説明したが、最終的に頷いてくれたのは蓮二だけで、柳生は静かに無言を貫き通し、赤也はあからさまに目を逸らした。信じられない、というのが一番の理由だろう。

本の匂いが全身を包み込み、静寂が満ちる。言葉を交わさないままに魔王の目を見つめれば、その冷たい色が揺らぐことなく見つめ返してきた。


「……今日は、運が良いようだ」
「へぇ、それは良かったね」


俺がこうして城に入り込む間、赤也は魔物を狩りに行くらしい。鬱憤を晴らすかのように魔物を狩って、蓮二か柳生が迎えに行かない限り帰ってこない。俺がいくら声をかけても反応せず、その度に柳生に窘められていた。
分かりやすい、あまりにも赤也らしい反応だ。迎えに行かされる蓮二と柳生には申し訳ないが、元々赤也は戦いが好きなのだ。野営地でじっとしていろと言う方が酷だろう。

柳生と蓮二は、時折俺について城に入り込む事があった。特に示し合わせた訳でもなく方向を分けて、広い城を歩き回る。彼らがどう考えて俺につきあってくれているのかは定かではなく、何かしら思う所があったのだと信じるしかなかった。


「本を読んでいるのか」
「…………」


分厚い本を抱えて、彼は通路の手すりに腰掛けていた。バランスを崩せば落ちてしまいそうだけれども、彼ならば魔法で着地することができるだろう。ぼんやりと本を見下ろしながら、彼が一枚ページを捲る。

魔王との邂逅を終えた日、魔法で起こした火を囲んで蓮二に拙い言葉を紡いだ。果たして、太陽神の目に留まるほどの頭脳を持った彼は、俺の考えをどう理解するのだろう。愚かだと失笑されるか、それとも気が狂ったかと言い捨てられるか。
けれども、彼は静かに頷いて好きにすると良い、と言った。その言葉の意味は今でも分からなくて、ただ額面通りの意味に従って好きなようにすることにした。


「この本は、最初からここにあったのか」
「……そうだ」
「こんなに大きな城を、誰が造ったのだろうな」
「そんな事、俺が知る訳ないだろう」


ぱたんと本を閉じて、彼がそれを本棚に戻す。その音がかつての情景を連想させ、ふと懐かしい想いが心を過ぎった。






言葉を交わすことなく沈黙に閉ざされた部屋で、彼は唐突に本を開いた。分厚いそれには細かな文字が書かれていて、俺には到底理解できないような言葉が沢山並んでいた。
物珍しさに修行の手を休めて、ゆっくりと彼に近づく。すぐ傍まで近づいても彼は顔を上げず、ただ静かに本を読んでいた。


「それ、おもしろいのか」
「あまり」
「なぜ、よむ」
「そうのぞまれるからだ。だれよりもかしこくあれと、あのかみはいった」
「……たいようしんのことか」


黒い瞳がちらりと覗く。深い悲しみがそこに満ちていた。


「かしこくあれと、そういった。まほうも、だれよりもつよくあれと。でも、そのせいでおれはここにつれてこられた。とうさんとかあさんが……ないていた。おれはそれが、なによりかなしい」
「なぜ、いやだといわなかったんだ」
「かみのいうことにさからえるにんげんはいない。おまえはちがうのか」
「おれは……」


何一つ、違わない。俺もあの神には逆らえないのだから。
悲しい、と言った彼の言葉がすとんと胸に落ちてくる。悲しい、とは一体どういう事なのだろう。何を悲しいと思えば良いのだろう。
そんな事すら、俺には分からない。


「かなしいって、なんだ」
「……なに、とは?」
「おれには、わからないんだ。なにがかなしいのか、なにをかなしめばいいのか。どうやってかなしめばいいのか」
「おまえ、なにもしらないのか」
「わからない。ずっとひとりだったから」
「たいようしんのちをひくこども。まおうをたおすきぼう。それが、おまえだろう。おれはおまえといっしょにまおうとうばつにいくために、ここにつれてこられたんだ」
「……すまなかった」
「どうしておまえがあやまる」
「かぞくとひきはなされるのは、かなしいのだろう。おれにはわからないが、おまえはとてもかなしそうだ。おれひとりでまおうをたおすことができれば、おまえはここにこなくてもすんだのに」


黒い瞳が緩やかに開かれて、一瞬のうちにそこに涙が湧き起こった。音もなく零れていくそれを気にすることなく、彼が開いていた本を閉じる。ぱたん、と軽い音がした。


「おれは、おまえもかなしい」
「おれが、かなしい?」
「おまえのしるせかいはせますぎる。このせかいはおれたちではいっしょうをかけてもりかいできないほどにひろいが、おまえはそのことすらしらない」
「……ならば、おしえてくれ。おれのしらないことを、おまえはしっているのだろう」


華奢な身体を震わせて、彼が一つ頷く。頬を伝う涙の雫が、きらきらと輝いて見えた。



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