生きている理由が欲しかった
生きていても良いと、許されるだけの存在価値が必要だった

望まれた理由がたった一つなら、それを満たした後はどうなるのだろう
価値を、意義を、理由を失った小さな子供は、切り捨てられて消えるのか

どうして、と問う相手すら傍らにはなく、ただ握りしめた剣の感触だけを覚えていた






望まれる為に生きる子供たち






明かりの無い廊下を進むのは、得体の知れない生き物の腹の中に入り込んでいくようで気持ちが悪かった。背後から零れるエントランスの光と、遥か先に見えている丸い輝き。その先に魔王の姿を探して光を見透かしたけれど、その影を見つける事は出来なかった。
一心不乱に廊下を駆け抜けて、光に満ちた空間に飛び出す。闇に慣れた瞳に光が突き刺さり、無意識に目を細めた。


「……ここは……」


先ほどのエントランスとよく似た吹き抜けの空間。その天井には鉛色の空が広がっていた。一瞬天井がないのかと思ったが、よくよく目を凝らせばアーチ型の枠に透明なガラスが嵌まっているのが見えた。太陽の光が差し込めば幻想的にこの空間を照らしただろうけれど、今はただどんよりとした雲に覆い尽くされている。


「わざわざここまで追いかけて来るとはね」


冷たい拒絶を含んだ声に視線を戻せば、部屋の中心に広がる現実味のない空間が嫌でも目に入った。
飛沫を散らして上がる噴水と、その周囲を包み込むようにして咲き誇る色とりどりの花。噴水の水を受ける白い石の器には細い細工が施され、その溝を流れて周囲の花々に水を与えている。
その白い器に腰掛けて、魔王が頬杖をついてこちらを睨み付けていた。


「何度も言ったはずだ。俺はお前に問いたいことがある」
「それに対する返事はしたよ。俺が君に付き合う義理はない」


にべもない返答を吐き出して、魔王はゆらりと立ち上がった。白い頬にかかる群青色の髪が揺れて、青と周囲の花とのコントラストがはっきりと目に焼付いた。そのまま咲き誇る花々に紛れて消えようとする影を反射的に追いかける。


「魔王を呪ったのは人間だと言ったな! それは一体どういう意味だ!」


叫んだ声はきっと届いているだろうけれど、魔王が立ち止まる事は無かった。諦めずにその背中を追いかけながら、矢継ぎ早に言葉を飛ばす。


「何故人間を殺さぬ! 何故、俺たちを生かした!」
「魔王とは一体何だ! 人間を害す存在ではないのか?」
「太陽神は何故、―――何故、魔王を討てと命じるのだ?」

「お前は―――本当に、魔王なのか?」


叫びの余韻が花の隙間を通り抜け、広い空間へ溶け込むように消えていく。同時に、澱みなく進んでいた魔王がぴたりと足を止めた。
それ以上追い縋っては逃げられてしまうような気がして、自然と足が止まる。手を伸ばしても絶対に届かない距離。けれど、手の中の大剣を大きく振り回せば、きっとその華奢な背中を打ち砕ける、そんな絶妙な距離を保って魔王が振り返る。
感情の浮かばない暗い瞳に、立ち尽くす自分の姿が映っていた。


「それを俺に尋ねて、答えが返るとでも思っているのかな」
「……他に尋ねるべき者が浮かばぬ」
「ふぅん、いい度胸だね。倒すべき魔王にそんな問いを投げかけるなんて。それに、太陽神の血を引く人間がその神に疑問を抱くなんてね」
「俺は……!」
「そんなに聞きたいのなら、教えてあげるよ」


魔王の黒い服が風に煽られるようにはためき、周囲の花々が揺れた。


「君たちを、人間を生かした理由なんてない。ただの俺の気まぐれさ。太陽神が何を考えているのかなんて俺は知らないし、興味もない。そもそも、俺は太陽神を見た事もない。俺が魔王かなんて――今更考えるようなものでもないだろう」
「なん、だと?」


声が引き攣る。喉の奥で何かがつっかえてしまったかのような違和感と、閉塞感。それが胸の奥まで落ちていき、ひどく重たかった。


「俺が今ここで君に対して『俺は魔王じゃない』と言ったとして、それが何になるんだい? 君たち人間の世界を総べる太陽神は俺を魔王と見なし、討伐を命じている。今更俺がそれを否定したって、誰が信じるっていうのさ」


悲しむでも、絶望するでもなく。ただ当たり前の事を告げるだけの口調で魔王が言葉を吐き出した。


「俺はね、この城から出られない。何をしても、どんな方法でも、だ。俺の世界はこの城だけで、この中で区切られてしまっている。その中に入り込んでくる人間達に何を言われても、気にするだけ馬鹿馬鹿しいじゃないか」


それ以上は何も言わず、魔王が立ち尽くしたままこちらを見ている。それはまるで、俺のからの反論を待っているかのようで。何かを言わなければと思うのに、それに反して言葉は出てこなかった。


誰もいない暗い部屋。何もない、人が住むには適さない部屋。その隅っこで膝を抱えて、傷ついた自分の手を見つめている子供。
心配の言葉をかけられる事は無く、暖かい手で撫でてもらう事もなく。自分以外の人間と会話をすることすら稀な世界で、小さな子供は泣きもせずに生きてきた。
物心ついた時からそれが当たり前で、きっと自分以外の皆も同じような生き方をしているのだと、そう思っていた。自分の生き方が異様なものだと、想像する事すらなかった。
それがあまりにも当然だったから、それ以外の世界があるなんて考えた事もなかった。


太陽神の望みで引き合わされた蓮二と会話をし、互いの価値観を話し合うまで自分の世界が全てだと思っていた。
世界の中で生きていくためには自分を消耗しなくてはならない。そして、擦り切れてしまった自分が力を失う時、それは明確な死という形で訪れる。ただ、それだけ。
生まれてきて、役目を与えられて、それを果たして、そして―――消える。
自分たちはその為だけに生きる存在なのだと、ずっとそう思っていた。


「苦しく、は……辛くは、ないのか」
「…………」
「世界の中で自分一人が孤独だと、そうは思わないのか」


ただ、それが全てなのだと。
そう受け入れる事しか、できない程に。


「―――思ったところで変えられない世界に対して、心を動かしてどうするんだ。俺がどんなに魔王という存在を疎んだって、別の何かにはなれないのに」


花に囲まれて、水の音を聞きながら。
その中に紛れるように零れ落ちた言葉に感情はなく、ただどこまでも虚ろな響きを宿していた。



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