わたしをわたしたらしめるのは、わたしの中にある意識だけ
それだけで十分だと思うのに、誰もがそれに頷いてくれない
わたしをわたしたらしめる何かが必要なのだと、口を酸っぱくしてわたしに言う
そんなものがあって、いったい何を保証してくれるというんだろう
旅に出た桜
そっと優しい手つきでわたしを抱きあげてくれた彼は、人気のない廊下をどんどん進んでいる。
一応のためにね、と笑いながら彼はわたしをセイフクという布の下に隠した。顔が出るように工夫されているから、息苦しくないし前も見える。
「幸村、どこ行くんじゃ?」
「部室。この子を連れて教室に帰るわけにはいかないだろう?」
「そうっすけどー。部室に置いといていいんすか?逃げちゃいますよ?」
「大丈夫だよ」
「やけに自信があるんじゃの。相手は動物じゃぞ?」
「それくらい分かってるさ」
「じゃあ………」
「この子は賢いからね。言えば分かってくれるよ」
「………俺、時々部長が何考えてんのかわかんなくなります」
「………俺もじゃ」
「何か言ったかな?」
無言で首を振る二人を見て、彼は、ふふふ、と低く笑った。
がくがくと視界が揺れるのは階段を降りているからで、そのスピードが少し早いと感じられるのは彼が急いでいるから。
その振動に耐えながら、わたしはちらりと彼の顔に視線を向ける。
その途端、足を止めることなく彼もわたしの方を見る。自然と視線がぶつかって、思わず瞬きしてしまった。
「どうかした?」
『なんでもないけれど……』
「もう少しだから、待っててね」
『ちゃんと大人しくしてるわ』
少し憮然としていたのがばれているのだろうか、彼は穏やかな笑みを浮かべてすぐに視線を逸らした。
この人間は他の人間よりも聡い。
わたしが今まであったことのある人間たちの中で、一番野生に近い感覚を持っている気がする。
どんなに遠くから隠れて彼を見ても、何故だかすぐにばれてしまう。俗に言う第六感という奴が鋭いんだろうか。
それに、わたしの特技の事も。
時々彼は、わたしが人間の言葉を理解できていることを知っているかのような言動をとる。
さっきだってそうだ。普通の猫に「ここで大人しくしているように」なんて言ったって守れるわけがないのに。
彼の耳に届かないように、小さく小さく声を上げる。
『ねぇ、あなたは知ってるの?』
わたしがこんな特技を持っていることを。
────ねぇ、知ってるの?
彼の顔を見上げてみたけれど、彼の視線がこちらに移ることはなかった。
それが酷く空しく、悲しく感じられたのはどうしてだろう。
胸がずきりと痛んだのは、なんでなんだろう。