この世にはたくさんの矛盾があって、その矛盾を妥協してその身に抱え込みながらわたしたちは生きている。
わたしも、もちろんたくさんの矛盾を抱え込んでいて、その中でも一番の矛盾はわたしの出生に関するもの。
わたしには魂の名前もないし、住処もないし、何よりも。

家族の顔も名前も、何一つ覚えていないのだ。






加速する世界で






図らずも同時に同じ言葉を叫ぶ事になった銀髪の少年はわたしと彼の顔を見比べながら呆れた様なため息をついた。
その気持ちにわたしも同感で、彼が一体どうしてそんな考えに辿り着いたのか理解できない。
その支離滅裂な提案は彼が今まで口にしてきた言葉の中で最低の部類だ。



「そこまで驚かなくてもいいと思うけど」
「驚くって言う問題じゃなかろ。なんで俺がこの猫の相手をせなならんのじゃ」
『それはわたしの言葉!こんな奴の相手をわたしがするわけないでしょう!』
「勿論、部長命令だけど」
「……しょっけんらんよー」
『わたしにそんなもの関係ないでしょう!?』
「この猫だって嫌がっとるじゃなか」
「そんなことないよ。俺には分かるから。ほら、この子を連れて屋上でもどこでも行っといて。後で追いかけるから」
『わたしは嫌よ!どうして見ずらずの人間と一緒に居なくちゃならないの!わたしは一人前なんだから、一人で大丈夫だもの!』
「ふぎゃふぎゃ鳴いとるし……ひっかかれんじゃろうな」
「ふふ、それは仁王の扱い次第だよ。じゃあ、よろしくね。十分くらいで行くと思うから」



そう言い残し、彼は荷物を抱えて足早に去って行った。
その後ろ姿を見送り、わたしは横目で銀髪の少年を見る。彼の自由奔放さを目の当たりにするのは初めてではないものの、ここまでの身勝手は仕打ちは初めてだ。
言葉の壁が今はひどく高いものに感じられてしょうがない。



「……おい、にゃんこ」
『なによ』
「俺ははっきり言って猫が嫌いじゃ」
『わたしも人間が嫌いだもの。おあいこね』
「じゃけん、あんまり近づくな。本当ならさっさと逃げたいところじゃが……幸村に何を言われるか分からんけんの。屋上までは一緒に行っちゃる」
『…仕方ないわね。わたしも彼に会いたいから、しょうがなくついて行ってあげるわ』



渋々、という風ににゃあとなき尾を振ると、銀髪の少年はそれを了承と取ったらしい。
わたしに向かって一度手招きすると、踵を返してのろのろと歩きはじめる。両手をズボンのポケットに突っ込み、猫背で歩くその姿は決して綺麗な姿とは言えない。
けれどもまぁ(仕方無くではあるけれど)わたしと少年は一時的な仲間になったのだった。





少年は人気ないない道をのらりくらりと歩き、わたしはその後を足音もなく素早く歩く。
人にあったらすぐに逃げられるようにじりじりとした足取りだったけれども、少年の道案内は的確だった。一度も人に会う事なく、わたしは階段をひょこひょこと登る。
階段は小柄なわたしには少し高くて、一段一段を跳ねるようにして進んだ。下を覗くとぞっとするほどの高さがわたしを射抜き、一瞬だけふらふらと足が揺れる。

少年が立ち止まったのは下を見ても何も見えなくなった頃。
前の前には大きな大きな扉があって、少年は無言でそれを押し開く。向こうから光が差し込んできているのが感じられて、わたしは少しだけ急ぎ足で外に出た。
その途端、背後でばたんという大きい音が響いて、その場で大きく飛び上がる。



「猫でも驚くんじゃな」
『失礼ね!当たり前でしょう!』
「まぁ良か。俺は連れてきたし、これ以上の事はせん」
『好きにすればいいでしょ』



あんまりの言い方に顔をそむけ、尾を激しく振りみだす。少年は困ったように一つため息をつき、何かを言おうと口を開いて───・・・。



「あっれー、仁王先輩じゃないですかー」



甲高い、少し脳天気そうな声が響きわたった。





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