生けとし生きるものにはすべてに名前がついている。
一つの命に一つの名前があって、それがその命を現すすべてだ。
普通、それは生まれた時に与えられて、しっかりと抱えて生きていくものなのだけれど、わたしにはそれがない。
生まれた時の事も与えられたはずの名前も、何処かに忘れてきてしまったから。
だからわたしは名もない白猫。
スカイフィッシュ
からからと辺りを照らす太陽の光を浴びながら、わたしはゆらゆらと尻尾を揺らす。
こんなに暑い中、特に大きな遊具があるわけでもない公園にやってくる人はいない。
ぽつり、と忘れられたように放置されているベンチの上で、わたしは日向ぼっこを楽しんでいる。
きらきらの太陽の光はわたしの毛並みをふかふかにしてくれるから大好きだ。
何処かからか聞こえてくる子供の泣き声が、ほんの少しだけ耳ざわりではあるけれど。
このまま眠ってしまおうか。
そんな事を考えてみたけれど、昼日中に眠るなんて由緒正しい白猫のやることじゃない。
ましてや、わたしがいるのは外なのだ。
でも、眠る以外にすることがあるのかと言われれば困ってしまう。
『たいくつ……』
小さく呟いて(勿論猫の言葉で。人間には分からないでしょうね)大きくため息をつく。
お友達の所に行こうかとも思ったけれど、この暑さの中に尋ねて行ったって何ができるわけでもない。
ふりふりと尻尾を振りながらわたしは考える。
そういえば、彼は一日の半分をガッコウ、という場所で過ごすのだと話していた。
たくさんの人間が集まって、ベンキョウ、という事をするらしい。
ベンキョウは面倒で鬱陶しくていい事なしの嫌な事なんだとか。
それならここに逃げてくればいいのに、と思ったことを今でも覚えていた。
『ガッコウ、ね』
そこに彼はいるだろうか。
そこでベンキョウをしているのだろうか。
ベンキョウって、一体何なんだろう。
ふつふつと沸く疑問と膨れ上がる好奇心がわたしの背中を押した。
よし、今から彼のガッコウに行って彼と一緒にベンキョウして来よう。
そう決めたわたしがベンチを蹴って駆けだした後、遠くで子供の笑う声がした。
*
と、意気込んでみたもののわたしはガッコウがどこにあるのか知らない。
行き当たりばったりにたくさんお店がある方に走ってきたけれど、ガッコウはここには無いようだ。
人がたくさんいるというのだから、きっと大きな建物だろう。なら、きっと広い場所にあるに違いない。
周りを歩く人間に蹴られないように注意を払いながら、わたしはゆうゆうと歩道を歩く。
道に出たら危ないことくらいは知っているし、どうすれば道を渡ることができるのかも分かっている。
この歩道という人が歩いている所は安全なのだ。人の足という危険はあるけれど。
────キーンコーンカーンコーン────
唐突に大きな音が響いて、わたしは思わず足を止めた。
途端に大きな足に一撃をくらって、慌てて隅の方に逃げる。
耳を澄ましてみると、たくさんあるお店の向こうに微かに覗く屋根の方から音が聞こえているようだった。
あの音がするところがガッコウだろうか。
それとも、全く違う建物?
周りを見ても手がかりはなくて、けれどわたしの中の野生の勘があそこがガッコウだと告げていた。
左右の確認をちゃんとしてから歩道に飛び出し、裏道に飛び込んでガッコウらしき建物に向かう。
なかなか面白いことになりそうだった。