そこは、どこまでも

ただ、白い世界だった






僕の永遠をあげよう






白以外に何も見えず、距離感さえあやふやな白さ。
いつからここにいるのかさえ分からない。ふと気づけば、目の前に白が広がっていた。



「ここは……」



小さく呟いた声が、不思議なくらい響かずに消えた。
自分の耳に響いた声に違和感を覚えたものの、それが一体なんなのかは分からなかった。

何度も辺りを見回して目を凝らしたが、何一つ見えてこない。
最初と同じ、穢されることのない白が広がっているだけだった。



「……死後の世界、かな」



ぽつりとそんな事を呟けば、ならば自分は死んだのだろう、という事実がすとんと心の中に落ちてきた。
そのあまりの非現実感に思わず笑ってしまう。
ここが死後の世界なのだとしたら、なんて虚しい所なんだろう。
何もなく、誰もおらず、ひたすらに孤独だ。
もしかすると、実はここは地獄で、俺はこの白い世界に閉じ込められる罰を受けているのかもしれない。

そこまで考えて、自分の思考の不毛さに嫌気がさした。
ため息を一つ吐き出して、とりあえず少し進んでみることにする。
そっと一歩踏み出して、そこに立てる事を確認してから、ゆっくりと歩き出した。

何の目印もなく、ひたすら白い空間を歩くと、自分が本当に進んでいるのかが分からなくなってしまう。
何度か大きな声を出して呼びかけてきたものの、返事はなかった。

自分がどれだけの距離を進んだのか、否、本当に進めているのかさえ信じられなくなったところで、自然と足が止まった。
ふっと身体の力が抜け、その場にずるずるとしゃがみ込む。
感覚的にはかなりの距離を歩いたと思うのに、寒さも、暑さも、空腹も、痛みも、疲れも、何一つ感じない。
ただ見えない床を歩いているのかいないのかあやふやな感覚のまま、足を進めることを繰り返すだけ。



「……白いなぁ」



そう、その白さはまるで。
緑色の輝きを宿す、あの子のようだった。

ぼんやりとそんな事を考えた瞬間だった。



「にゃーあ」



猫の鳴き声。
ひどく懐かしい、あの子の声。

勢いよく立ち上がり、声の聞こえた方向に走り出す。名前を呼ぼうと口を開いても、どうしてかあの子の名前が思い出せなかった。



「にゃあ」



再度響いた声を頼りに、白い世界を闇雲に突き進む。
名前の出てこないもどかしさにうめくような声を漏らすと、ふいに視界に白い影が揺れた。

白い世界に浮かび上がる、白い影。
その輪郭はひどく希薄で、時折その形が崩れてしまう。
けれど、その姿はひどく懐かしいものだった。



「精市」
「……本当、に……?」
「ずっと、待ってた」



足が震えてうまく歩けない。
よろめくように白い影に向かって歩き出す。
気づけば、影の足元には白い猫が寄り添っていた。



『ようやく、会えたわね』
「……君まで……一体、どうして……」
「言ったでしょう?」



あの時と変わらない笑顔で。
どこまでも優しい声で。

彼女は笑った。



「ずぅっと、待ってたわ」



気が付けば、力いっぱい彼女を抱きしめていた。
少しも変わっていない暖かさを、もう二度と失ってしまわないように。

足元で白猫が長い尾を振っているのが視界に入り、小声で猫の名を呼ぶ。
あれほど出てこなかった名前が、するりと言葉になってくれた。



『覚えていてくれたのね』



白猫が呟いて、緑色の瞳を瞬かせる。
そして、ふわりと尾を振り上げると、軽やかな身のこなしで歩き始めた。
それに気づいた彼女も、手の中から抜け出して白猫の後を追い始める。



「どこへ行くんだい?」
「先へ進むの」



端的な彼女の返答に曖昧に頷けば、彼女は振り返ってそっと手を伸ばした。
何も言わずにその手を握り返せば、彼女は綻ぶように笑顔を浮かべる。



「行きましょう。これからはずっと一緒よ」



返事の代わりに握った手の力を少しだけ強めた。







白猫を追いかける二人に、ひらりひらりと色のない花が降る。
雪のように舞い落ちるそれは、けれどどこまでも暖かく二人を包み込んだ。




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