本当は気づいていた

にゃあと鳴けば悲しそうにする彼のこと
静かに見返す瞳の無感動さに怯える少女のこと

暖かい彼の家で過ごすにはわたしはあまりにも不完全なものだった






願うだけのソラ






「キリちゃん、あしはいたくないの?」
『痛くはないわ。ちゃんと治してもらったもの』
「じゃあ、どうしてうごかないの?」
『……わからない』
「どうして、うごかなくなっちゃったの?」



聞けるものならばわたしが聞きたい問いを、少女は屈託なく繰り返す。
そっと背中を撫でる手はいつものように優しいけれど、その問いはわたしの心を抉って壊そうとしていた。

どうしてかなんて何度も何度も叫んだ。
どうして、わたしだったの。
どうして、こうなったの。
どうして、どうして………。

決して答えのない問いかけの最後に残るのは、あの時の彼女の暖かさ。
それだけのために現状を受け入れている自分はあまりにも情けないけれど、他にどうしようもなかった。



「でも、キリちゃんはすごいね! わたしとしゃべるんだから!」
『わたしの言葉が分かるあなたがすごいのよ』



嬉しそうに笑う少女は、つれないわたしの言葉を聞いてもその笑顔を消さない。
わたしと話ができると知ってから、彼女はずっとこの調子だった。

いつも通り空の向こうでは雲が流れていくけれど、わたしの周りはいつもの何倍も騒がしい。



「わたしのいえにくるまえは、どこにいたの?」
「なにをたべていたの? まいにちなにをしていたの?」
「ともだちはいた? みんなねこなの?」
「ほかにもひととはなしをしたの?」
「ひとのともだちはいるの?」



返事を返さずに無視しても、少女は延々と問いかけを続けてくる。
答えが無いことになど、気づいていないかのように。

その声は耳の周囲を飛び回る羽虫の羽音のように、わんわんとわたしを悩ませた。



「ねぇ、キリちゃ………」
『わたしはずっと一人だったわ。気づいた時には公園にいて、ずっとずっとそこにいた。猫の友達はいたけれど、人間と話したことはなかった。寂しくもなかったし、悲しくもなかった。最初から一人だったから、一人でいるのが当たり前だった』



問いかけを続けようとする声を遮ってそう返事をすれば、幼子は顔を輝かせて口を閉じた。
それを横目で捉えながら、わたしはぽつりと言葉を紡ぐ。



『ある日わたしは彼と出会って、時折彼と話すようになった。誰かがいる日常に最初は戸惑ったけれど、そのうちそれにも慣れたわ。そして、いつしかわたしは彼を待つようになった』



そう、それはきっと恋だった。
猫であるわたしが抱いてしまった、愚かな恋心。

人に惹かれ、魅せられた。



『とても、楽しかった。とても、とても。でも、わたしは猫だから。彼の傍にいることはできても、寄り添うことはできないから。だから、わたしは逃げようとしたの』



得たことのなかったぬくもりに溺れることを恐れて、遠くへ逃げ出してしまおうと思った。
彼の為と嘯きながら、自分が傷つくことがきっとなによりも怖かった。



『でも、逃げられなかった。知ってしまった暖かさを捨てることができなかったの』



けれど、彼が見ていたものを知って。
そして自分の存在の不毛さを理解した。
だからこそ、すべてを捨てて逃げる覚悟ができたのに。



『これは、きっと罰ね。愚かなわたしへの罰』
「……ばつ、ってなあに?」
『痛いこと、悲しいこと、苦しいことよ』
「そんなのやだよ。キリちゃん、いたいの? かなしいの? くるしいの?」



顔をくしゃくしゃに歪めて、今にも泣きだしそうな幼子を見上げて、わたしはにゃあと鳴いた。
視線を窓の外へそらし、目を閉じる。



『ねぇ、お願いがあるの』
「……?」
『連れて行ってほしいところがあるの』
「つれていってほしいところ?」
『ええ』



全ての始まりと、終わりの場所へ。

そこに行けばきっと、わたしの苦しみを終えることができるだろう。

それは不確かな、けれどどこかはっきりとした予感だった。



少女の顔を見上げ、もう一度願う。



『お願い、わたしを外へ連れて行って』



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