空を流れていく雲を眺めていた
昇っては暮れる太陽を見つめていた

いつまでも、いつまでも
眺めているしかなかった






褪せていく世界で






彼の家族はとても暖かくわたしを迎え入れ、わたしは彼の部屋の片隅に住むことになった。動けない身体をじっと横たえるわたしの様子を彼の母が時折伺いに来る。その度ににゃあと鳴いて見せれば、彼女は安心したように微笑んだ。

彼よりもガッコウから早く帰ってくる妹は、いつも赤い鞄を背負ったままわたしの所へやってくる。
そっと伸ばされる手を大人しく受け入れて、わたしは静かに鳴いて見せる。

もう尾は触れないから、そうやって鳴いて見せるしかなかった。
もしも足が動くなら、彼女が返ってくるたびに出迎えに行ったのに。


彼の部屋から眺める景色はいつも四角くて、どこか無機質だった。


彼の妹がその日あったことをわたしに語り、ゆっくりとした時間が流れ、そのうちに彼が帰ってくる。
彼が帰ってきた時も、わたしは静かに一声鳴いて見せる。
そうやって鳴けば、彼が安心したように笑ってくれるから。
なんとなく、人の言葉で『おかえり』という気にはなれなかった。



「二人とも、いい子にしてたかい?」
「もちろんだよ! ねぇ、キリちゃん!」
「にゃあ」



彼は荷物を降ろすと、まずわたしの食事の準備を始める。
とても丁寧な手つきでわたしの身の回りを整え、それから妹と二人で晩御飯を食べに行く。
わたしはそれを見送ってから、顔のすぐ傍に置かれた食事におざなりに口をつける。
日によってその内容は違うけれど、どれも美味しいとは感じられなかった。
何故だかひどく無味なものを食べているような気がして、いつも食べきることができなかった。



「また残したんだね」
『…………』



非難するような口調が混じる彼の言葉にわたしはいつも答えなかった。
理由を説明してもきっと理解してもらえないだろうから。
だから、静かに彼を見返して、わざと違う話題を振る。



『今日のガッコウはどうだったの?』
「……いつも通りだよ」
『ブカツ、は?』
「それもいつも通り。しばらく大きな大会はないから、基礎的な練習しかしてないからね」
『平和でなによりね』
「君はどうだった?」
『……いつも、通りよ』



ここに来た時から何一つ変わらない毎日。
いつ見ても空は同じ形に区切られて、どこまでも遠くからわたしを見降ろしている。
同族に会いたいと思っても、完全な室内に隔離されている状態ではそれも望めなかった。

言葉の内に込めた皮肉に気づかなかったのか、彼は柔らかく微笑んでわたしの背中を撫でた。
そうやって彼がわたしの背中をしばらく撫で、そのうち彼はベッドにもぐりこむ。
わたしは少しだけ前足の位置をずらして、暗闇を見つめながら長い夜を過ごす。

いつもなら、そうなるはずだった。
何日も続いた、それが日常だったのに。



「おにいちゃん、だれとおはなししてるの?」



いつもの静寂を破って闖入者が飛び込んでくる。
眠たそうに眼をこすりながら、彼の妹が首を傾げて部屋を見回す。



「まだ起きてたのかい? 早く寝ないと明日起きられないよ」
「こえがきこえたの。ねぇ、だれとおはなししてたの?」
「独り言だよ。ほら、誰もいないだろう?」
「でも、おんなのこのこえがきこえたよ」
「……え?」
「おんなのこのこえがしたの。おにいちゃんとおはなししてたでしょう?」



首を傾げてそう尋ねる少女を彼が呆然と見つめている。

彼の他にこの部屋には誰もいない。
彼の話し相手はわたしだけだった。

明らかに少女の聞いた声はわたしのものだったけれど、それはありえないはずだった。
だって、わたしの声は彼にしか届いたことがないのだから。



「おにいちゃん?」
「……キリ」
『…………わたしの声が聞こえるの?』
「あ、きこえるよ!」
『……そんな……』
「……どうして、こんなことが……」
「どうしたの、おにいちゃん」



尋ねられた彼は言葉が出てこないのか曖昧に首を振るだけだった。
少女は不思議そうに首を傾げ、もう一度部屋を見回す。そして視線の先にわたしを捉えて、すぐに満面の笑みを浮かべた。



「わかった、キリちゃんだ!」



小さな手が伸びて、そっと背中に触れる。
最初に言い含められてからずっと、彼女は彼以上に優しくわたしを撫でていた。



「ねぇ、そうでしょう。キリちゃんがおはなししてくれたんでしょう?」



嬉しそうにはしゃぐ幼子の声が響く中、わたしは返事を返すことができずにただ彼と目を見合わせあった。


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