目があったから、にゃあと鳴いてみた
そうすると、人間は驚いたように目を見開いてから、にっこりと笑った

その笑顔があんまりにも綺麗で
だからわたしはその人間だけを受け入れることにした

隣で笑ってくれることが、わたしのたった一つの望みだった

孤独に生き、そして終わってしまうだろう人生の、最初で最後の望みだった






泣き虫の雲






「君がいなくなってから、ずっと探してた。君とはここで別れたから、もしも俺が見つけられるとしたらここだろうと思って」
「他人はきっと、俺の事を愚かだというだろう。気が違ったと揶揄するかもしれない。それでもいいと、それでも君の事を待ちたいと俺は思ったんだ」
「何度もここに足を運んで、どこかに君がいないか探してた。ぐるぐると周りを歩いて、何度も名前を呼んで」
「でも、君は見つからなかった」
「だんだん俺も疲れてきて、少しずつ悲しみの方が大きくなって」
「時々、俺は何をやっているんだろうって、そう思うときもあった」
「誰も知らない俺だけの特技。でも逆に言えば、それは誰もその事実を肯定してくれないということ。もしかしたら、全部全部俺の勘違いかもしれない。俺の妄想かもしれない」
「でも俺は、自分の特技を信じることにした」
「俺の縋れるものはそれしかなかったから」
「だから探し続けた。何度も何度も名前を呼んで、いろんな人に変な目で見られて。それでも、君を探しているときの俺は、どうしてか君がそばにいるような気がしてたんだ」
「数えきれないくらい、蓮二や真田に止められたよ。他の部員だって、言わないだけで同じことを思ってたはずだ」
「彼らの目がそう言ってた。なにをしているのか理解できない、そんな目」
「そんな目で見るな、って言いたかった。でも、言えなかった」
「だって俺は、そんな目で見られるくらいのことをしてたんだから」
「関係のない奴らはいくらでもそのあたりにいたけど、君はいなかった」
「俺はどうしても、君を見つけられなかった」
「でもね、ある日君とは違うものを見つけたんだ」
「真っ白い、猫。ひげだけが黒い、猫」
「俺はなんとなくその子が気になってしまった。君の事を探さなきゃと思うのに、それ以上にその子に惹かれていった」
「そして、その子と一緒にいる時間が増えるたびに、気づいたんだよ」
「もしかしたら…………」



彼の独白が唐突に消える。
流れるように紡がれる言葉に聞き入っていたわたしは、こっそりと彼の顔を見上げた。
彼はまだどこか遠くを見ていた。わたしの事なんて、意識の中にさえないみたいだった。

そのまま沈黙が流れ、そして彼がため息のような呼吸をする。
その息の中に、小さな言葉が混じっていた。



「×××」



その言葉の余韻が消え、また沈黙が戻り、風だけがふわりとわたしと彼の間を抜けていく。
わたしは数回まばたきをしてから、ゆっくりと尾を振った。



『……わたしは、』



言いたくはない。
だって、彼はきっとこの言葉を望んでいない。
でも、言わなくちゃならない。

どんなに望まなくても、見たくなくても。
これが、真実だ。



『わたしは、その言葉を知らないわ』



だから、とその先の言葉は声にならなかった。

彼もまた、それに対しての返事を言葉にはしなかった。


落ちていく夕日が目に痛いほどに赤い。赤く赤く、どこまでも暖かい。

返事をしない彼が何を思っているのかは分からなかった。
どうすれば彼を傷つけないで済むのかも分からなかった。

だからわたしは、もう一度口を開いてにゃあと鳴いた。
一番初めの、出会った時と同じように。

人間の言葉をしゃべるためではなく。
ただただ、猫としての言葉を発するために。


にゃあ、にゃあ。
何度も何度も猫の言葉で鳴き、長い尾で彼の背中を優しくうった。

ねぇ、ねぇ。
わたしは猫なのよ。
ただの白猫なのよ。
人間の言葉が分かるけれど、それはわたしだけの秘密。
わたしはどこにでもいる白猫よ。

だから。



『にゃあ』



一際大きく、そうして鳴けば、ふわりと彼に頭を撫でられた。
その優しさは初めから少しも変わっていない。いつまでも、暖かい。



「もういいよ。そんなに鳴かなくてもいいよ」
『にゃあ』



返事をするために、一声。
その言葉を聞いて、彼がひどく狼狽えた顔をして肩を震わせた。
わたしは無邪気さを纏って首を傾げ、ふわりと尾を振って見せる。

ほら、長い尻尾が見えるでしょう。
真っ黒い鬚もあるわ。目も、人間よりもとがっていて。
それに、わたしには真っ白い毛皮があるの。
とってもきれいなふかふかの毛皮よ。
それにね、わたしはにゃあと鳴くのよ。
猫だから、にゃあとしか言えないの。

彼が今にも泣きだしてしまいそうに、顔を歪めてわたしから手を離した。
そのぬくもりが離れてしまうと、わたしの身体はとても冷たくなってしまう。
けれどその冷たさは、わたしが生まれてきた時から付き合ってきたものだ。

だから辛くなんかなかった。悲しくも、苦しくもない。
それが、当たり前なのだから。



「……ごめんね、変なことを聞かせてしまったね」
『にゃあ』
「今日はもう帰るよ。また、来るから」
『にゃあ』
「だから……また、ね」
『にゃあ』



最後の最後まで、わたしはにゃあとしか言わなかった。
彼もそれ以上は何も言わずに、荷物を抱えて夕日を背中に受けながら帰って行った。

にゃあ、と一人きりになってから呟くように鳴いて、わたしはベンチで俯いた。
日は沈んでしまって、あたりには暗い闇だけが立ち込めている。

もう誰も返事をする人はいない。
もう誰もわたしの悲しい鳴き声を聞く人はいない。
わたしは一人だ。最初から最後まで、きっと一人だ。

冷たい風が背中を撫でる。ざわりと毛が逆立ち、わたしは慌てて立ち上がった。
今日の寝床へととぼとぼと向かいながら、わたしは一度だけ振り返る。

暗い闇の中で、わたしが座っていたベンチだけがほの白く輝いていた。
それを見つめながら、もう一声鳴いてみる。
残響だけが響く中、わたしは尻尾を振って歩き出した。




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