闇の中で揺れている

その幻想に溺れてしまう






ドラマチック・ナイトメア






暗くて、暗くて、手を伸ばしてもそれさえ見えなくて。
自分を見失うことなんてたやすい闇の中で、たくさんの影が揺れている。

影は彼になって、村長になって、村人になって、彼になった。
影は母になって、父になって、柳生になって、蓮二になった。

蝋燭の頼りない炎がその影をかすめるたび、影は苦しそうにゆらりと揺れて、住むべき住処へと立ち返って消えていく。
その幻想を追いかけるみたいに俺の影もゆらゆらと揺れて、まるで奇怪な化け物みたいに俺の神経を逆なでした。

小さく息を吐くとそれは白い蒸気になって、ここがどれだけ冷え込んでいるのかを実感させる。
しっかりと裾を握りしめた柳生のマントがなければ、俺はきっと凍死してしまっていただろう。


「さむ……」


ぽつりと呟いた瞬間だった。
永遠に続くんじゃないかと感じられた闇の中に、蝋燭の光ではない光源が現れた。
それは木製の古びた扉の両脇に取り付けられた松明の明かりで、真ん中の扉は堅く閉ざされていた。
あそこに、仁王がいるのだろうか。

あまりに長い階段を登ったせいでふらつく足を叱咤し、最後の力を振り絞って階段を登りきる。
扉に近づいて躊躇いがちにノックする。
返事を待ってみたけれど、いくら待っても返事は返ってこなくて、扉の中は静まり返ったままだった。


「仁王……いるのかい?」


凍えているせいで震える声を絞りだし、中に居る筈の吸血鬼の名前を呼ぶ。
重ねてもう一度扉をたたいたけれど、やはり返事は返ってこなくて沈黙だけがその場を支配していた。
大きな声を出そうとして息を吸い込むと、冷たいだけの空気が喉を埋め尽くして咳こんだ。


「仁王、入るからね!」


出てこないのなら入っていくしかないだろう。返事をしない向こうが悪いのだ。
取っ手に手をかけて捻ると、大した手ごたえもなく簡単に扉は開いた。明るい光が帯状に俺に降り注いで、暖かい空気が中から流れ出して来る。
その眩しさに目を細め、そろりと中に身体を滑り込ませる。


「仁王……?いない、の?」


やっと眩しさに慣れた目で辺りを見ても、銀髪の彼の姿はどこにもない。
燃え盛る暖炉とゆらゆらと揺れている椅子、白い陶器の食器類とそれらが置かれた木製のテーブル。
そのどこにも誰かがそこにいた気配は残っているのに、肝心の誰かの姿だけがすっぽりと抜け落ちていた。

手にしっかりと握っていた燭台を床に置き、蝋燭の光を吹き消す。
神経を集中させてみると人の気配は確かに感じられた。姿はどこにもないけれど。
ぱちぱちと楽しげに爆ぜる炎の音とどこからか響く小さすぎる息遣い。
きっとどこかに彼はいる。ただ、隠れているだけなのだろう。でも、一体どうして?


「仁王、どうして出てこないんだい?いるのは分かってるんだよ」
「…………どこも悪くしとらんか?」


怒りを含んだ声を張り上げると、ようやく反応があった。かたん、と小さな音がして暖炉の影から目立つ銀髪が微かに覗く。
申し訳なさそうな色を湛えるその瞳を見ていると、今まで反省していたのかとおかしくなった。


「してない。貧血気味だけど、それだけだよ」
「……良かった」
「ずっと気にしてたの?」
「当たり前じゃろ!お前さんを殺してしまったんじゃないかと思うと……」
「人を殺すのが嫌なの?」
「嫌じゃ。ずっとずっと嫌じゃった。じゃから、早く運命の相手に巡り合いたかった。運命の相手は殺さんでええから」
「……人を殺したくないのは、君が混血だから?」
「……柳生に聞いたんか」
「あと蓮二に聞いた。でも、二人を責めないでほしい。俺の事を考えて教えてくれたんだから」
「二人を責める訳がなか。俺も話すつもりじゃったんじゃ」


ため息交じりに仁王は言って、ゆっくりとした動作で椅子に腰を下ろす。
おそるおそるその傍に近寄ってみると、ふいに仁王の手が伸びてきて俺の手を掴んだ。


「悪かった。お前さんを見つけられた事が嬉しくて嬉しくて、我を忘れて吸血してしまったんじゃ。あんな事になるなんて、ちっとも考えんかった」
「気にしなくて良いよ。俺は血を吸っていいって言ったんだから」


生きることも死ぬことも、何もかもがどうでも良くなっていた。
彼にすべてを任せてしまって、生死を決めてもらえば良いと半ばやけくそのようにそう考えていた。

結果は生。
俺はこれからもずっと、こうして生きていかなくてはならない。


「質問しても良いかな?」
「お前さんには聞く権利があるけんの。なんでも聞いてくんしゃい」
「俺はここに住むようになるんだよね?」
「そうじゃ。柳生や柳が世話してくれる」
「君は?」
「そうじゃな、俺も、じゃな……」
「じゃあ、血は毎日吸うの?」
「……しばらくは必要なか。腹が減ってきたら教える」
「じゃあ、その時までに血をたくさん作っておくよ」


にっこりと微笑んでみせると、仁王は苦しそうに顔を歪めて俺の手を離した。
何かから逃げるかのように顔をそむけ、両手で顔を覆い隠してしまう。


「仁王……?」
「出ていくんじゃ、幸村」
「でも、どうして……俺、何か気に障るような事を………」
「出ていくんじゃ!」


仁王の絶叫のような言葉が部屋中に反響して響きわたり、俺は思わず後ずさる。
何がどうなってこうなってしまったのか全く分からないまま茫然と突っ立っていると、ふいに腕を引っ張られた。


「幸村君、行きましょう」
「柳生……どうして?」
「助けに来たんですよ。さぁ、早く」「でも、仁王が!」
「今はそっとしておいてあげてください。お願いですから、こちらへ!」


強引に腕を引きずられて、俺はその部屋から引きずり出される。
怒鳴った仁王がすすり泣いていることに気づいたのは、扉が閉ざされる直前だった。






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