傷は癒えない

一生膿んで、痛みを増すだけ
一生倦んで、深さを増すだけ






僕たちは夜へ還る






「で、当の仁王はどこにいる?」
「北の塔です。先ほど顔を出してきましたが、ひどく憔悴していて見ていられませんでした。声をかけても反応がないので、とりあえずこちらに戻ってきましたが……」
「役に立たない吸血鬼だな」
「す、すみません……」


吸血鬼も人と同じように涙を流すようだ。
情けの無い顔で涙を流す柳生をみていると、柳生と蓮二は少しも変わらないように思えた。
本当に少しも変わらないのに吸血鬼は差別され、疎まれる。

けれど、それは人間同士でも同じだ。
同じ人間でありながら、俺は人間に疎まれ、憎まれ、追われた。
そう考えてみると、俺が吸血鬼の仲間になるのは当たり前の事だったのかもしれない。


「精市。悪いが、仁王の所へ行ってくれないか?お前の無事な姿を見れば、仁王も安心するだろう」
「分かった。でも……北の塔ってどこかな?」
「それはこいつに案内させる。俺は色々と片づけなければならない事があるからな。……おい、比呂士、いつまでそうやってぐずるつもりだ?いい加減にしないと……」
「えぇ、柳君!私を思う存分蹴ってください!それで柳君の気がすみぎゃ」
「俺の言葉を遮るな。分かったならとっと行け」
「は、はい……」


またもや強烈な一撃を鼻に食らった柳生は、よろめきながら俺を手招いた。
蓮二は手際よく食器を片付け始めていて、既に俺に背を向けていた。


「蓮二」
「何だ?」
「お粥、美味しかった。ありがとう」
「それは良かった。朝食にはもっと精のつくものを作ろう」
「楽しみにしてるよ」


踵を返して柳生を追うと、彼はもう廊下に出てこちらを振り返っていた。
その手には燭台が握られていて、その燭台の蝋燭が発する明かりだけが廊下の光源だ。
後は全て、黒々とした闇に包みこまれている。


「はぐれたら危険ですから、気をつけてくださいね」
「うん。……すごく、暗いね」
「日中はもう少し明るいのですが、今は夜ですから。私たちは基本的に夜に行動するので慣れていますが、慣れるまでは移動しにくいと思います。知っている道でも迷ったりするので、柳君か私か仁王君に道案内を頼んでくださいね」
「分かった。色々ありがとう」
「良いのですよ。これから一緒に住む、いわば家族のようなものですから。これくらいの事は当たり前です」
「家族、か」


家族という言葉は嬉しいもので、けれどどこか寂しいもので。
笑えばいいのか、泣けばいいのか。
どうするべきか、俺には分からない。


「あ、申し訳ありません。幸村君のご両親は………」
「良いんだ」
「ですがっ!」
「良いんだよ、もう。二人とも、もう帰ってくる人じゃない。これから新しい家族ができるというなら、大歓迎だよ。よろしくね、柳生」


にっこりと微笑んでみせると、柳生はしぶしぶと言った風に頷いた。
燭台の光がゆらりと揺れて、俺と柳生の影も揺らす。
それはまるで俺たちがゆらゆらと踊っているかのようだった。


かつかつと響く足音が石造りの壁に反響して何重にも増幅する。
階段を昇って、広間を抜けた。長い廊下を無言のままに歩いて、ふいに柳生が立ち止まる。
ぼんやりしていた俺はその背中にぶつかってしまって、柳生を道ずれにつんのめり────そうになった。

ならなかったのは柳生の不思議な動きのおかげだ。
衝撃で目を閉じていたからよく分からなかったけれど、柳生の身体は空気と反発して押し戻されたかのように傾きを止めた。
そのまましっかりと床に立ち直し、俺を支えて立たせてくれる。


「あ、ありがとう」
「いいえ、お気にならさず。それより大丈夫ですか?怪我などなさっていませんか?」
「大丈夫だと思う」
「それは良かった。ここが北の塔です」


柳生は言いながら燭台を俺に渡し、目の前にある扉を押し開ける。
その向こうには廊下と同じように闇に包まれた、先の見えない階段があった。


「この階段を上りきった先に仁王君がいます。上へ連れて行って差し上げたいのですが、きっと貴方だけが行く方が良いでしょう。階段はとても長いので、休みながら行ってください。もしも途中で力尽きてしまったら───死んでしまう可能性もありますから」
「……え?」
「可能性の話です。何かあったら声を上げてください。私か、可能性は薄いですが仁王君が助けに行きます。上は冷えますから、私のコートをどうぞ」


有無を言わさずに、柳生がはおっていたコートを身体にかけられる。
柳生は蝋燭の長さを確認すると、重たい燭台も俺に渡した。


「帰りは大丈夫?」
「私はここで待ちますよ。柳君に何かあれば別ですが、そうでもない限り私は貴方が帰ってくるまでここにいます。ですから、安心して登ってください」
「分かった」


しっかりと頷いて燭台を持ち直す。思っていたよりも重たいそれをしっかりと支え、漆黒の闇に向き直った。
蝋燭の明かりに照らされた階段に足をかけ、急に疑問が湧いて振り返った。


「ねぇ、柳生」
「何でしょうか?」
「仁王の過去とか、出生とか、俺に話しても良かったの?仁王が許可したわけじゃないよね?」
「彼はきっと貴方にそれを教えようとはしないでしょうね」
「だったら…!」
「だからこそですよ。貴方だけが知らないまま、ここで生活するというのは不公平でしょう?ここで暮らすからにはそれを知っておくべきなのです。だからこそ、柳君も話した。だから、良いんです。さぁ、行ってください。仁王君が待っています」
「……分かった」


闇に向き直り、一つ深呼吸をする。
こんなにも闇を怖いと思ったのは初めてだ。まるで俺を飲み込もうと待ち構えているかのような、そんな闇。
静かに息を吐き、一段一段階段を登る。
そうして何十段か登った時、不意に背後で扉の閉じる重い音が響いた。






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