暖かさが心に痛い

得た事がないから、切望してしまう






液状の夜を飲み干して、






蓮二が持ってきてくれたお粥を胃に入れながら、過去の話をぽつりぽつりと語った。
大きな声で話せるようなものではないし、俺としても思い出すのさえ苦しい。
それでも語ったのは、やはり蓮二の持つ雰囲気があまりに穏やかだったからだろうか。
蓮二にだったら話しても大丈夫だと、そう感じさせる空気がその場に満ち満ちていた。


「それから、どうした?」
「屋敷から逃げ出して、でも全てがばれて。俺が二人を殺したって事になって、村人に追いかけられたんだ。必死で逃げて、暴れて、走って……どうにか命を守って森に逃げこんだ。それで泉を見つけて倒れていたら、仁王に見つけられたんだ」
「なるほど。その痩せ具合も納得できるな。……よく、生きていてくれた」


伸びてきた手が、優しく俺の頭を撫でる。
それは彼ではなく、父と母の手を思い出させた。優しく撫でてくれた手を、思い出してしまった。
じわりと目が熱くなって、涙がこぼれる前に目を閉じる。


「お前が生きていてくれて、仁王と出会ってくれて、本当に良かった」
「……え?」
「吸血鬼というのはな、大体の奴が一人で生きる。食料の調達は難しいし、ばれたら追いかけられる。過酷な生活を生き抜くためには、一人でひっそりと暮らすのが一番いい。そんな理由からだ」


目を閉じたまま蓮二の声を聞く。
話が進む間も頭を撫でるとは止まらず、逆にお粥を口に運ぶ俺の手は止まったままだった。


「だが、そんな生き方をしても友の一人や二人は持つ。孤独に生きても、友に出会えば数日は共にする。俺は吸血鬼でないから分からないが、そんなものらしい。俺の相手にも数人、友がいる。見た事もあるし、会ったこともある。だが────・・・」


不意に、頭の上の手が止まった。
微かな重みがのしかかり、じわりと暖かさが広がった。


「仁王には、友が一人もいない。あいつは他の吸血鬼と友になろうとしなかったらしい」
「……どうして?」
「それは分からない。聞いても答えてくれないからだ。だがおそらく、仁王の出生がそれに関係しているのだろう」
「出生って……吸血鬼に噛まれた人間が吸血鬼になるんだろう?」
「原理はそうだ。だが、その方法で吸血鬼になる人間は一人もいないといっていい」
「どういうこと?」
「吸血鬼は血を吸った人間を殺す。誰一人として例外は無く、血を吸った人間が吸血鬼に変質する前に殺してしまう」
「なっ……」
「それが決まりなんだ」


思わず頭に置かれた手を払いのけ、端正な顔立ちの蓮二を睨みつける。
ならば───仁王も蓮二の相手の吸血鬼も人を殺した?
生きるためとはいえ、たくさんの人を殺して、そうして今生きている?
そして、俺は────・・・そんな吸血鬼の仲間のようにここで生きていくのか。


「驚いたか?」
「そりゃ驚くよ!だって、そんな……」
「これにも理由がある。今から説明しよう」


蓮二は静かに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
そして真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「吸血鬼は絶滅したと、そう聞かされたことはないか?」
「ある。というか、そう信じていた」
「そうだろうな。その理由の一つには、吸血鬼の数が少なく、滅多に人に見つからないからだ。そしてもう一つの理由が────先ほど言ったように、出会った血を吸った人間は吸血鬼に殺される。だからこそ、吸血鬼は世の表に出ることがない」
「じゃあ、証拠隠滅のために殺すの?仲間にしてしまえば、その人間だって……!」
「落ち着け、精市。それじゃ駄目なんだ」
「どうして!?」
「人間が吸血鬼になるには時間がかかる。早くて数日、長ければ数か月。その間、噛まれた人間は己が吸血鬼だと気づかない。吸血鬼になりきっていないから、血を求める必要もない。そいつが他の人間に吸血鬼の存在を知らせたらどうなる?吸血鬼たちのひっそりとした暮らしが、壊れるんだ」


だからこそ────、と蓮二が呟いた瞬間だった。
ばん、と激しい音を立てて扉が開き、黒い影が部屋に飛び込んでくる。
影は一直線に蓮二に近づいて、同時に蓮二の肘がその影に直撃した。


「むぎゃ!?」
「何か用か、比呂士」
「や、柳君……鼻が痛いです」
「自業自得だろう。俺は今、精市に大事な話をしている所だったんだ。それを邪魔するお前が悪い」
「あ、そういえば目を覚まされたんですね!仁王君が気にしていたので、無事だと知ったら喜ぶでしょ……うぎゃ!」
「俺を無視するとは……いい度胸だな」
「あぁ、怒った柳君も私は大好きですよ!」
「あの……蓮二、その人は………?」
「これは人ではない。吸血鬼だ。ついでに言えば、俺の相手だ」
「どうも、こんにちは。あぁ、こんばんは、ですね。柳君の相手の、柳生比呂士と申します」
「あ、幸村精市です」
「幸村君ですね。お身体は異常ありませんか?」
「大丈夫です」


そう答えた瞬間、蓮二の長い足が柳生の脇腹に直撃し、真っ黒い服を着たその身体が壁に向かって吹っ飛んで行った。
悲鳴とも奇声ともつかないような声を上げていたが、壁にぶつかった瞬間に静かになる。


「さて、話が途切れたな。つまり、吸血鬼は己の氏族のために人間を殺し、存在をひた隠しにしている。だが、仁王は違うんだ」
「仁王は人間じゃなかったの?」
「いや、人間でなかったというよりは……人間であり吸血鬼である、と言った方がいいか」
「どういうこと?」
「そうだな。この説明はあれの方が適任だろう。おい、比呂士!生きているならとっとと来い!」
「うぅ…柳君、ひどいです。でも、その天真慢爛な性格も私は大好……」
「もう一度蹴られたいのか?黙ってこっちに来い」


ぞっとするような低い声で蓮二が呟くと、柳生はよろめきながら近づいてくる。
倒れるようにしてベッドの端に座り込み、泣きそうな目で蓮二を見つめている。


「精市に混血の事を話せ」
「私よりも柳君の方が詳しいじゃないです……」
「話せ」
「はい……」


柳生はよいしょ、という掛け声と共に俺に向き直り、指先で眼鏡を押し上げた。
迷うように口を開閉し、やっとの事で話を始める。


「ではまず、混血から話をしましょう。混血とは、吸血鬼と人間の間にできた子供の事を指します。それは禁忌の子として、吸血鬼からも人間からも忌み嫌われる存在です。吸血鬼でありながら太陽の光を平気で浴び、人間でありながら吸血鬼の能力を得ます。逆に、吸血鬼でありながら戦う術を持たないし、人間でありながら血を必要とするのです。その存在はありえてはならない存在、どちらからも拒否されてしまう存在です。これまで、この世に生まれた混血の数はたった一人。それが────仁王君です」
「……え?」
「仁王君の母親は人間。父親は吸血鬼でした。あってはならない恋愛の末、生まれた禁忌の子です。仁王君が生まれたとき、人間だった母親はその力に耐えられずに死んでしまいました。父親はそれで仁王君を憎み、保護すべき親でありながら、仁王君を殺そうとしたのです。
その時、何がどうなったのかは最早誰にも分かりません。ただ結果として、父親は死に、仁王君は生き残りました。そして、普通の吸血鬼として生きることになったのです」
「質問、してもいいかな?」
「どうぞ」
「吸血鬼と吸血鬼が子供を産んだら、吸血鬼になるの?」
「そうです。吸血鬼の子孫の残し方はその方法のみ。人間を吸血鬼にするというのは禁忌の一つですからね」
「そっか……」
「話を続けますね。仁王君はずっと自分が混血であることを隠してきました。吸血鬼のことを学び、自分の特異点を隠す努力を重ねた。そして、今も彼はそうして生きています。だからこそ────彼は自分から友人を作ろうとはしません。私と一緒にいるのだって、私が彼に助けられたから無理矢理ひっついているだけですからね」
「そう、なんだ」
「だから仁王はずっと一人だった。心はいつも孤独だった。だが、それももう終わる。精市、お前という存在でな」


柳の細い、糸のような目がいつの間にか開き、じっと俺を見ていた。






「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -