思い出しても手には入らない

手を伸ばしても届かないのに、忘れることさえできない






夜空に架かる虹






あの村は俺の故郷じゃなかった。
本当の故郷はとても遠い所にあって、俺の両親は幼い俺の手を引いて、そこから旅をしてきたらしい。
そして俺を14歳まで育てて、相次ぐように病で死んでしまった。
もうきちんとした思考ができるようになっていた俺は、彼らの手を握りしめて絶望に打ちひしがれていた。
これからどうやって生きていけばいいのか、少しも分からなくて不安だった。
村は閉鎖的な空間で、よそ者である俺たちと受け入れてはくれなかった。表面上の確執はなくても、心の底から俺たちを仲間と見ている人はいなかったのだ。


きっと、俺は生きていけないだろう。
14歳の子供にできることなんてたかが知れているのだから。

冷たくなってしまった両親の手を握りしめ、俺は一人で涙を流した。


彼がやってきたのは、そうして俺が絶望に溺れていた時だった。






「お前が幸村か?」
「……だれ?」
「俺は真田だ。……2人とも死んだのか」


唐突に現れた彼を、俺は見た事がなかった。
名前を聞いても一体誰なのかさっぱり分からなくて、ただ茫然と彼の顔を見つめていた。


「俺は村長に言われてここへ来た。病で亡くなった遺体は、村の外の森へ埋めろとの事だ」
「……俺達がよそ者だから、村の共同墓地に入れてもらえないんだね」
「……そういうことだ」
「分かった。わざわざありがとう」


あまりにやるせなくて、虚しくて。
村の外に放り出されてしまう両親が哀れで、可哀想で。
けれど、少しすれば俺も同じ所に行くのだと思えば、ほんの少し気が楽だった。

ただ愛しい両親の顔を見つめて、一体どれだけの時間が経っただろう。
ふいに伸びてきた力強い腕が父の身体を抱き上げた。


「何するんだっ!」
「お前一人で彼らを埋めるのは不可能だ。俺が手伝う」
「必要ないよ。お前たちは俺たちを受け入れないんだ。俺も君の助けなんて受け入れない!」
「そうやって意地を張ってどうする。彼らを放置しておくつもりか」
「……っ!」


彼の言っていることは間違っていなかった。
俺に両親を埋葬する力はない。時間がかかり過ぎて、きっと彼らは腐敗してしまう。
けれどだからといって、村の人間の力を借りるのはどうしても嫌だった。

定まらない思考を繰り返していると、ふいに彼が口を開いた。


「俺は村長の息子だ。村の閉鎖的な感覚を怨むなら怨め。俺はそれを止めない。俺を怨んでも構わない。だが……このままでは彼らがあまりにも可哀想だ」
「誰のせいだと思ってるんだ!一体、誰のせいで父さんと母さんが死んだと思ってる!お前たちが治療を拒否したからじゃないか!」
「……そうだな」
「外から来たら見殺しにしてもいいのか!村人以外を殺しても、罪にならないのか!」


何度も医者の家の扉を叩き、弱って動けない父を、母を助けてくれと叫んだ。
けれど、医者は決して俺たちに手を差し伸べようとしなかった。
周囲の住人も何も言わず、それどころか疎ましげに俺を見ながら剣呑に目を細める。

差別、侮蔑、見捨てられる感覚、力が及ばない悔しさ。
全ての感情がごちゃごちゃと混ざり合って、そうして最後には悲しみに行きついた。

何が悪かったというのだろう。
俺たちが一体、何をしたというのだろうか。
ただ、村の外からやってきたというだけでこんな仕打ちを受けなくてはならないのか。


「答えろよ!何で父さんと母さんは死んだんだ!死ぬ理由がどこにあったんだ!?」
「この村は間違っている。俺にもそれは分かる。けれど、俺にはそれを変える力がない。……────すまなかった」
「謝ったって……もう戻ってこないじゃないか………」
「……………」
「父さんも母さんも、何もしてないのに……」


予想外に頭を下げられて、怒りをぶつける場所がなくなってしまった。
ただぽろぽろと零れる涙だけが、俺のどうしようもない感情の抜け道だった。
拳を握りしめて立ち尽くす俺の目の前で、彼はただ、深く頭を下げていた。






「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -