ゆらゆら、ゆらゆら

世界が揺れているような、そんな気がした






囚われの夜






目を開くと、見覚えのない天井が目にとびこんできた。
ぼんやりと混濁した意識を叱咤し、のろのろと上体を起こす。その途端、全身に鈍い痛みが走り、思わず呻き声をあげた。
広がった視界には大きな部屋と豪奢な家具が映り、己が今清潔なベッドに寝かされているということを教えてくれた。


「目が覚めたようだな」


現状を理解できないまま茫然と部屋を見つめていると、不意に声をかけられる。
痛む身体を刺激しないように辺りを見回すと、大きな窓の傍にある椅子に人影があった。
座っていても感じ取れる長身と、さらさらと揺れる漆黒の髪。
美しい和人形のような姿に小さく息をのんだ。


「君は、だれ?」
「俺は柳。柳蓮二という。お前は幸村だな?」
「なんで、俺の名を……」
「仁王が教えてくれた」
「に…おう………?」


柳が座る椅子のそば、闇がうつろう窓の向こうに大きな月があった。
ぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと記憶が蘇ってくる。

俺は仁王に血を吸われた。
吸血鬼である仁王に血を捧げたのだ。

咄嗟に首筋に手をやり、噛まれた後の傷を探す。
けれどどこにも傷など無くて、つるりとした皮膚が手に触れた。


「吸血鬼に噛まれた傷は一生残る。だが、運命の相手は例外だ。一瞬で消え、痕さえ残らない」
「……君も、吸血鬼?」
「いいや。俺はお前と同じだ」
「俺と同じ?」
「おぞましい吸血鬼に魅入られた運命の相手だ」
「でも、吸血鬼一人に対して相手も一人なんじゃ…?」
「そうだ。俺は仁王の相手ではない。別の……仁王と遙か昔から連れ添ってきた友だそうだが、そいつの相手だ」
「あぁ……そうなんだ」


吸血鬼も一人では寂しいから、友達と一緒に生活しているのか。
そう考えると妙に納得ができて、その人間らしさに頬が緩む。笑顔を作るように顔が痙攣して、けれどそれが笑みになることはない。


「ここは、どこ?」
「俺たちの隠れ家だ。元は廃城だったものを仁王が時間をかけて住めるようにしたらしい」
「柳は何でも知ってるんだね」
「何年もここに住んでいるからな。それと、柳ではなく蓮二と呼んでくれ」
「蓮二、だね。分かった」
「お前の名前はなんだ?」
「精市だよ。そう呼んでくれて構わない」
「ではそう呼ばせて貰おう」
「うん。……さっき、何年もって言ったけど、君は今何歳なの?」
「覚えていない。運命の相手は吸血鬼が死んでしまうまで死なない。つまり、半永久的に生き続ける。吸血鬼自体の寿命が何百年という長さだからな。俺達もそれ相応に長生きすることになる」
「そう……なんだ」


ということは、同じくらいの年齢に見えていた蓮二もかなりの年上という事になる。それに仁王と、蓮二の相手の吸血鬼も。
俺も彼らのように年百年も生き続けることになるのだろうか。
悪夢のような記憶を抱えて、永遠に近い時を過ごすのだろうか。


「ところで、体調は大丈夫か?仁王がひどく後悔していたが」
「全身が痛いけど……特に不調は無いよ。あ、でも少しだるいかもしれない」
「貧血だろうな。血を吸われ慣れていない上に、血を取り過ぎたと仁王が言っていた」


そう言いながら、蓮二がゆっくりと近づいてくる。立ち上がると、思っていたよりも背が高くて、たぶん俺より────彼よりも高いかもしれない。
じっくり、という言葉がぴったりくるような表情で顔をのぞきこまれ、思わず身体をのけぞらせる。


「やはり顔色が悪いな。何か食べるものを用意しよう。色々と説明することはあるが────まぁ、後でも良いだろう」


自分では良く分からない。
元々、満足に食事をすることの方が少なかったから、食事をすれば貧血が治るのかどうかさえ判断できない。

不意に白い手が伸びてきて、細い指が頬に触れた。暖かい、綺麗な手だった。それがまた彼を思いださせる。
よく彼もこうして俺に触れた。そっと、壊れ物を扱うようにひどく優しく。


「体温も低い。それに平均よりも痩せているな。今までの暮らしの酷さが窺える」
「……そうかもしれないね。俺には、よく分からないけど」


そう答えると、細い弦のような目が悲しげに歪み、蓮二がため息をついた。


「その話を聞きたいのはやまやまだが、とりあえず何か持ってこよう。少し待っていてくれ」
「あ……」


引き止める間もなく、蓮二は部屋を出てしまった。
見知らぬ部屋にたった一人。その状況が俺の心を萎縮させる。自分の存在が場違いなもののように思えて仕方がなかった。
強くシーツを握りしめると、腕の痣が鈍く痛んだ。






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