つめたいだけだった

世界も、世間も、なにもかも






ぼくは夜になる






母さんが言った。
生きなさいと言った。
何があっても、何をしてでも、必ず生きて、生き延びて、どこかで笑って暮らしなさいと、そう言って駆けて行った。
見上げていた俺はそんな顔をしていたんだろう。
わからないけど、覚えているのは。

遠ざかっていく母さんの背中が、ひどく遠かったこと。




生きなきゃいけない。
何をしてでも、何があっても、必ず生きて、生き延びて、どこかで笑って暮らさなきゃいけない。
母さんがそう言ったから。
それだけを俺に願って、真黒な死へと駆けて行ったから。
生きなくちゃ、いけない。

たとえ、母さんを殺した生き物に成り果てたって。





目を開く前から頭がとても痛くて、思わずうめき声をあげて目を開いた。
見覚えのない景色が広がって、ずきずきと痛むのが頭だけじゃなく身体の至る所だということに気づいて、思わず息を吐いた。
のろのろと身を起こすと、ふわふわのシーツが俺を包み込んでくれている事に気づく。


「生きてる………」


子供の俺でもわかるほどのひどい傷だったのに。
痛む腕やら足やらにぺたぺたと触れていると、視界に入ってきた手の爪が鋭く尖っていることに気づいた。
顔の近くまでそれを持ち上げ、しげしげと眺める。試しに噛みついてみたけれど、硬くて千切れもしなかった。


「……生きてる」


もう一度呟いて、痛むお腹を押さえた。傷がちゃんとある。でも、俺は生きてる。生き残った。母さんと言う通り、きゅうけつきに負けずに生き残った。でも────。


「俺も、きゅうけつきだ」


母さんを殺したきゅうけつきだ。そんなものになってしまった俺を、母さんは許してくれるだろうか。
急にそれが恐ろしくなって、小さく丸くなった。もしも、もしももしも母さんに嫌われたらどうしよう。どうすればいいんだろう。

そんなことを唸りながら考えていたせいだろうか。扉が開いた事に気づいた時には、すぐ近くまでとても綺麗な人間が近づいていた。


「目が覚めたんだね。良かった……」
「………俺、きゅうけつきなのか」
「うん………ごめんね。助けるにはそれしかなかったんだ」
「………そっか」
「君が吸血鬼を嫌っていたのはわかっていたんだけど………」
「……いい。生きれたから、いい」


そう呟くように返事をして顔を背けると、綺麗な顔が歪むのが視界の端に見えた。
困ったように口を開きかけ、そしてまた閉ざす。それを繰り返しながら、人間がやっと言葉を発した。


「俺は幸村っていうんだ。幸村精市。君の名前は?」
「切原赤也」
「きりはらあかや君。わかった。これからよろしくね」
「……俺、これからどうなるの?」
「うん。とりあえず、大事な約束をしてもらわなくちゃならない」
「約束?」


そうだよ、と頷きながら幸村はごそごそと服のポケットを漁る。しばらくそうして何かを探し、そして唐突に小さな紙切れを取り出して見せた。


「何、それ」
「大事な事を書いてあるんだ。忘れたら困るから」
「……で?」
「えっと……まず自分が吸血鬼であることを他人に言っちゃいけません。好き勝手に人を襲ってもいけません。狩りに行くのは、仁王と柳生の……この二人が吸血鬼なんだけど……許しが出てからです。それまでは吸血鬼の基礎を学びましょう。あと………死のうとしては、いけません」
「……なんだよ、それ」
「俺からは詳しいことは言えない。でも、守ってくれなきゃ困るんだ」


思わず体から力が抜けた。大事な約束だというから、もっと厳しいものを想像したのに。
たとえば、これから先は俺達の奴隷で城を出さない、とか。なのにこの待遇は一体何なのだろう。
まるで────俺を育てようとしているみたいだ。

にこにこと笑う目の前の顔を見ていると、どんよりと悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなってしまった。
小さくため息をつくと、幸村は手に持っていた紙を押し付けてくる。


「これ、覚えてね。後で皆を紹介するから、それまで休んでて。まだ本調子じゃないからね」
「……なぁ」
「どうしたの?」
「俺、生きてていんだよな?」
「どうしていけないと思うの?生きてていいに決まってるじゃないか」


穏やかな声と笑み。
揺れた藍色の髪が、ひどく優しくて。

涙が零れた。止められなかった。






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