誰の所為でもないから

僕の所為でもないでしょう?






慰めの夜






城に入って最初の分かれ道で蓮二と別れた。子供を抱えた蓮二の後ろ姿を見送って、闇に包まれている廊下に足を進めた。教えてもらった道を頭の中で繰り返しながら、柳生の部屋へ向かう。
子供の流した血の匂いが辺りに充満していて、息がつまりそうなほど噎せ返っている。それを振り切るかのように足を早め、そして闇に浮かぶ大きな扉の前で足を止めた。
荒れた息を整えるために一息つき、見上げるほどの扉をそっと叩く。


「柳生、起きてる?柳生?」


声をかけて、重ねて扉をたたくと、扉の中で何かが落ちるような大きな音がした。
次いで、うめき声とすすり泣く様な幽かな声も響いてくる。


「や、柳生?」


もう一度声をかけると、それらはぴたりと止み、痛いほどの沈黙が訪れた。
そのまま呆然と扉を見詰めていると、不意に重苦しい音をたててそれが開いた。


「…おはようございます、幸村君」
「大丈夫?色々……大変なことになってるけど」


綺麗に整えられていた髪はぐしゃぐしゃとあちこちにはね、眼鏡が鼻からずり落ちそうになっている。
思わず手をのばしてそれを直すと、か細い声でありがとうございますとお礼が聞こえてきた。


「見苦しい所をお見せしてしまって……で、一体どうされました?」
「えっと…実は死にかけの子供を拾っちゃって」
「死にかけの子供?」
「うん。それで、力を貸してほしいんだ。蓮二に二人を呼んで来いって言われたんだけど……」
「事情はよく分かりませんが……分かりました、とりあえず仁王君を連れてきます。何処へ行けばよろしいですか?」
「蓮二の部屋にお願い」
「はい。では、また後で」


言うなり、隣をすり抜け宙を滑るように廊下の闇に消えていった。
それを見送って踵を返す。もと来た道を帰りながら、彼らが間に合うことを祈った。





仁王は昨夜よりも落ち着いた様子で柳生の後をついてきた。部屋に入った瞬間、血の匂いが鼻についたのか、かすかに顔をしかめる。
柳生は表情を変えることなく蓮二のベッドを血まみれにしながら治療を受けている子供の傍に近づき、そのベットの持ち主によって露わにされた横腹の傷を見た。


「ひどい傷ですね……それに、これは────」
「吸血鬼が好んで使う風の刃、だろう?」
「ええ。吸血鬼は攻撃するときには大抵風を使いますから」
「ねぇ、それって………」
「この子供は吸血鬼に襲われたんだ。それに気づいているのかどうかは知らんがな」


思わず口をはさむと、蓮二は俺の考えを端直に肯定してくれた。
子供の傷をしげしげと見ていた柳生が不思議そうな表情を浮かべて蓮二を見やる。


「で、この子供をどうするつもりですか?このままだと死んでしまいますが」
「あぁ、それは分かっている。この子供に効く治療法などないだろう。だからこそ、俺はお前たちを呼んだ」
「……まさかとは思いますが、この子供を吸血鬼にしろと?」
「話が早いな。その通りだ」
「駄目です!」


柳生が珍しく厳しい声を上げる。いつもは柔和に緩んでいる瞳が爛々と輝く光を湛えて、蓮二を見つめていた。
蓮二はそれをものともせず、涼しい顔でその瞳を見返している。


「何を考えているのですか!見ず知らずの子供を簡単に吸血鬼にできるわけがないでしょう!」
「そうか。ならば仕方ないな」
「そうです。駄目に決まって………え?」
「蓮二!?」
「俺の方は駄目だった。申し訳ないな、精市」
「そんな……じゃあその子は……?」
「案ずるな。もう一匹同じ生き物がいるだろう。それも、お前には甘そうな」


言われて振り返ってみると、話の矛先が己に向いたことに気づいていないのか、きょとんとした表情の仁王が入口の近くに突っ立っていた。
柳生が慌てたように俺を制止しようと声をあげたのが聞こえ、一瞬遅れて蓮二が柳生を蹴り飛ばす鈍い音が響いてきた。
それに背中を押されるように、ふらふらと仁王に近づいていく。


「ねぇ、仁王」
「なんじゃ?」
「話、聞いてた?」
「半分くらいは聞いとった。じゃけど……俺は協力できんよ。じゃって、あれは俺達とは関係のない人間じゃ。回復したあれが俺達の存在を言いふらさんとは限らんじゃろ?」
「でも……じゃああの子はこのまま死ぬしかないの?」
「それは………」
「俺がきちんと話をして、絶対に言いふらしたりしないように約束させる!だから……お願いだから、あの子を助けて!」


すがりつくように漆黒の服を掴み、金色の瞳を見つめて懇願する。
困ったように仁王が視線を逸らし、迷う気持ちを表すかのように髪が揺れた。


「仁王君、駄目です!これは一種の禁忌ですよ!血を吸った人間は殺さなくてはなりません!ましては、吸血鬼にするために血を吸うなんて……!」
「黙れ」


蓮二の足の下から叫び声をあげた柳生は、直後に横っ腹を強く蹴られて悶絶する。
柳生を乱暴に静かにさせた蓮二は仁王に視線を向け、にやりと笑って見せた。


「仁王。これは精市が拾ってきた。その精市はお前が拾ってきたんだ。拾い主は責任をとれ。俺はベッドを血まみれにされて、しかも子供も死んだのでは汚し損だ」
「……ひどい説得の仕方じゃな」


ため息交じりに呟いた仁王は僅かに首をかしげて俺の視線を見返した。
その金色に移る自分が、ぽろぽろと泣いている事に気づいて困惑する。

どうして、俺は泣いているんだろう?
見ず知らずの、口を開けば暴言を浴びせてくるような相手のために。


「そんなに泣きなさんな。俺が助けてやるきに、安心しんしゃい」


ぽん、と頭に置かれた暖かい手がひどく優しくて、それがどこか遠い彼の人に似ているような気がして。
止めようとした涙が溢れて止まらない。

それを見ていた仁王は、蓮二に呼ばれてベッドに近づいていく。
床から柳生が何事かを叫んだが、仁王はそれを完全に無視した。


「血を失いすぎとるの……あまり血を吸ったら、それだけでショック死しそうじゃ」
「一口だけ飲め。後はこいつ自身の問題だ」
「了解ナリ」


仁王が子供の腕をとり、その手首に鋭い牙をあてた。
何故だかその瞬間を見たくなくて、思わず目をそらす。

一拍置いた、その後に。
子供の絶叫と柳生の絶望の声が混じり合い、不協和音を奏でた。






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -