未来を肯定してください

それだけで僕は生きていけるから






夜の鼓動






城門についた蓮二は右側の門柱についている小さなスイッチを押した。キィと甲高い音を立てて、大きなそれがゆっくりと左右に開いていく。
完全に開く前にそれを飛び出すと、前に広がる森に目をこらした。時折飛び出す鳥たちが子供の居場所を如実に教えてくれていた。


「そろそろ、だな」
「うん」


がさりと木々の揺れる音がすぐそこにまで近づき、次の瞬間小柄な影が飛び出してきた。
黒い髪と緑色の瞳。今にも泣き出しそうなほど潤んだそれがこちらの姿を映した瞬間、子供は勢いよく地面を転がった。


「君、大丈夫!?」
「触んな!てめぇ、きゅうけつきだろ!人間じゃないんだろ!」


あわてて駆け寄れば、怒号を浴びせられ拒絶される。困ったように蓮二を振り返ると、彼は無表情のまま子供に近づいた。


「俺たちは吸血鬼ではない。お前と同じ、人間だ」
「嘘だ!この城に住んでるのはきゅうけつきだけだって、母さん言ってたぞ!」
「吸血鬼などがこの世に存在すると思うのか?そう思うのなら、証拠はどこにある?」
「しょーこってなんだよ!母さんが言ったんだから、いるんだ!」


子供はじりじりと近づく蓮二に比例し、ゆっくりと森の方へ下がっていく。
その足元が真っ赤に染まっているのを見て、思わず息をのんだ。子供の飛び出してきた森の方から点々と血痕が続いている。


「ねぇ、怪我してるの?」
「怪我なんてしてない!」
「でも、血が………」
「うるさい!黙れよ、きゅうけつき!」


荒い息の合間で叫ぶ子供の右手はその脇腹にあてられていた。そこから赤いものがじわじわと染み出していて、見ている間にもぽたぽたと滴が落ちた。
蓮二がちらりとこちらを振り返り、口元を緩めて見せる。すぐに視線を戻した蓮二は子供がその動きに反応する前に素早く近づき、その首元を掴んで捕えてしまう。


「放せ!やめろ!」
「元気なものだな、これだけの怪我をしておいて」
「怪我なんてっ……!」
「嘘をつけ」


叫ぶ子供を遮り、蓮二が掴み上げた子供の脇腹を軽く叩く。
身をよじらせ、息を詰まらせた子供は声なき悲鳴を上げた。


「蓮二、そんなことしたら怪我に触る!」
「大丈夫だ、そんなに心配する必要はない」
「え?」
「この子供は、もう手遅れだ」
「………何を、言って……」
「どこから走ってきたのかは知らんが、血を失いすぎている。これだけ暴れられているのが不思議な程だ。治療をするしないに関わらず、十分後には死んでいるだろう」
「蓮二!そんなっ………!」
「真実だ、精市」
「でも……その子はまだそんなに小さいのに!」
「では、一つの可能性にかけてみるか?」
「可能性?」
「ああ」


表情を少しも変えないまま一つ頷いた蓮二は、手の中でぐったりとしている子供を見下ろした。
冷たい、何よりも平等な光をたたえるその瞳が妙に怖くて、思わず背筋に冷たいものが走る。


「子供、聞こえるか?」
「……う…」
「お前は十分後には死ぬ。意味がわかるか?」
「………」


光が徐々に消えつつある瞳が、ぼんやりと蓮二を映した。
じわりとその眦から溢れる雫が、蓮二の腕を濡らす。


「死にたくないか?」
「……生き、たい……」
「そこまで言うのなら、一つだけ方法がある。逆にいえば、お前が生き残るにはその方法しかない」


蓮二は言葉を切り、その切れ長の瞳を開いた。
夜の闇のような、深い虚空がそこにあった。


「その方法を使えばお前は生き残ることができる。ただし、その後お前は己が生きていることを悔やむだろう。死にたい、と願うかもしれない。それでも、生きたいか?」


昏い瞳が、子供を呑み込もうとするかのように闇を放つ。
その瞳に見つめられているわけでもないのに、何故か足が動かなかった。ひどく、心が冷え切っていくような気がした。


「…………い……きたい…………」
「分かった。ならば、お前を助けてやろう」


蓮二は子供を抱えたまま、先ほどよりも素早い足取りで城の方に向かっていく。
呆然と彼らを見つめていた俺は、あわててその背中を追った。


「精市」


その背中に追いつこうかというその瞬間に、蓮二は振り向きもせず俺に言った。


「仁王と柳生を呼んで来い。俺は俺の部屋でこいつに応急処置をしておこう」
「蓮二、一体どうするつもりなの?」
「お前は何度も見ているだろう?人間よりも高等な能力を有している生き物を」
「……まさか」
「そうだ。この子供を、吸血気にする」






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