冷たいと思っていたのに、なぜかとても暖かくて

近いと思っていたのに、なぜかとても遠かった






夜を照らす一筋の光






目を開く前から、彼がそこにいないことに気付いていた。
そっと手探りで隣をうかがうと、冷たいシーツの感触だけが俺の手に触れてくる。
一拍遅れて目を開き、そこに彼がいないという事実をしっかりと確認した。

微かな痛みが走ったような気がして、あるはずがない首筋の傷を探す。
いくら己で触れてみても、そこにはつるりとした傷一つない肌があるだけだった。どこにも傷などない。
溜息をつきながら起き上がり、窓から差し込んでくる光に目を細める。
わずかに開いた窓から風が入り込み、シーツの末端を揺らしていた。彼が出て行った時の名残だろうか。
そっと近付いてそれを大きく開き、眼下に広がる鬱蒼とした森を見つめた。

全身に残る倦怠感と時折視界にかかる斜が、彼の餌となったことを如実に示していた。
首筋に纏わりつくような手の気配を感じ、思わず首元を押さえた。彼が触れた時の熱とその柔らかさが、鮮明に皮膚に記憶されていた。この身を支えたあの腕は思っていたよりも強く、逞しかった。きっと俺は、長い間あの腕に抱かれ続けるのだろう。
正しく彼の餌となった、それが俺の天命だ。


「にしても……毎回倒れるのはいただけないよね」


まだ二度目なので慣れていないこともあるのだろうけれど、吸血時のあの衝撃に耐えられる日がいつか来るのだろうかと不安になる。たとえ耐えられたとしても、貧血を引き起こすことは免れられないのではないだろうか。
蓮二と柳生はどういう風なのか、一度聞いてみよう。そう心に決め、燦々と降り注ぐ太陽の光に目を細めながら窓を閉じようとしたときだった。

静けさだけを湛えていた森に、ざわめきが走った。


「…………?」


鳥たちが鳴き、獣たちの唸りが城まで響いてくる。それに足元を掬われているような気分になり、小さく息をのんだ。
よくよく眼を凝らしてざわめきの正体を探すと、時折木々が揺れていることに気づいた。それは断続的な印を残しながら、徐々に城に近づいてきている。
木々の隙間を見え隠れするその姿を垣間見ようと、窓から身を乗り出した瞬間。


「子供……?」


木々の隙間に垣間見えたのは、確かに子供だった。まだ幼い、小さな子供。
思わず声をあげ、子供の行方を追う。子供は頼りのない足取りで、何度かその姿を日に晒しながら進んでいる。
このままでは十分もたたないうちに城の外壁まで来てしまうだろう。見たところ、城の中に入るには城門を通るしかないようで、その城門は今固く閉ざされていた。
このままではあの子供は城門に阻まれて途方に暮れることになる。関係のない子供なのだから無視をしていればいいのだと理性が告げている。

けれども。

窓を閉じる手間さえもどかしく、踵を返した身体は扉を体当たりするように押し開けた。
窓という窓が塞がれ、光が少しも入らないように工夫されている廊下を、壁に手をつきながら進む。所々に立っている蝋燭の光を頼りに、記憶の中にうすく残る蓮二の部屋への道を辿った。
今あの子供を助けれるのは蓮二だけだ。柳生と仁王は太陽の光に阻まれて外に出ることができないのだから。

きっと迷うだろうと危惧していたが、想像よりも俺は物覚えがいいらしい。無事に蓮二の部屋にたどり着き、開きっぱなしになっていた扉から中を覗いた。


「蓮二………?」
「精市?どうかしたのか?」


俺の寝ていた部屋とは違って、蓮二の部屋は窓が全て塞がれていた。部屋中にある蝋燭とランプの輝きが、室内の光源だ。
どうやら読書をしていたらしい蓮二は、持っていた本を置いて立ち上がった。長い脚を駆使した歩き方で俺に近づいてくる。


「外に子供がいるんだ」
「子供?」
「うん。小さな子供で、走ってこっちに向かってきてるんだけど………」
「城門は閉じている、か?」
「そうなんだ。折角ここについても、あの子は中に入れない」
「精市、その子供はお前の知り合いか?」
「全然知らない子。見たこともないよ」
「では、なぜその子供を助けようとする?」
「……わからない。でも、放っておけないんだ」


蓮二は無表情のまま俺の顔を見つめ、困ったように首をかしげた。
頼み込むように頭を下げると、溜息が聞こえてくる。


「仕方ない、か。かつてよりこの地は人を嫌ったが………それもまたその子供の運命だろう。精市という救世主を得られたのもまた、子供の運命だ」
「難しいことを言うね」
「俺の戯言だ。さぁ、行くか。外に出なければ、城門は開けられないんだ」
「うん。急ごう」


先ほどの自分とは違って確固とした足取りで歩き始めた蓮二に従い、暗い廊下を進む。
かつんかつんと響く足音が、ひどく冷たく聞こえた。






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