有り得てはならない

事実として、この世に残ってはならない






夜のない日






冷たい風が吹き付けてきて、靄がかかっていた思考が透き通っていく。
知覚できるようになった視界に広がるのは、いつもと同じじめじめと湿っぽい薄暗い天井。そして狭苦しい物置のような部屋。
冷たい床板に手をついて身を起こし、きょろきょろとあたりを見回す。


「夢……?」


おかしな夢を見ていた。
この世にはいないはずの吸血鬼がいて、何故だかいきなり運命の相手だなんて言われて、豪華な城に連れて行かれる夢。とても奇妙な夢だったけれど、今まで見たどんな夢よりも面白いものだった。

ぼんやりとそんな事を考えていると、ふいに闇の間に隠れるようにして鎮座している小さな出入り口ががたんと揺れた。
何かの叱責だろうかと身をすくませるが、小さな開き戸はがたがたと揺れるだけで怒鳴り声が飛んでくることはなかった。


「誰………?」


小さな声で呼びかけると、不意に開き戸の揺れが止まり耳が痛いほどの沈黙がその場に立ちこめる。ドキドキと跳ねる心臓を抑えながら開き戸を睨みつけていると、じりじりとそれが開いていった。
その向こうに誰がいるのか。薄暗いせいで見にくい目を凝らすものの、何故か開ききった戸の向こうには誰もいなかった。

どん。低い音と共に震動が床を伝って響いてくる。
どん、どん、どん。まるで呼びかけるように続くそれは、少しずつ離れていく。

足音だ、と半ば確信のような考えが浮かんだ。
戸の前に立っていた何かが離れて行っているのだ。方向から考えるに、村長の部屋に向かっている。
追いかけなくちゃ。半ば強迫観念のような想いが胸に湧き上がり、冷え切った身体をのろのろと動かす。
立ち上がって身を屈めて戸をくぐり、真っ暗な廊下に視線をやる。小さく息をのむと、消えかけている足音を頼りに歩きだした。
廊下の壁に手をついて、一歩一歩確かめるように足を進める。冷たすぎるそれのせいでがちがちと歯が鳴っていた。


「………………!」
「………………!」


声が聞こえるようになったのはいつからだろうか。
それは村長の部屋に近づくたびに少しずつ大きさを増し、今では単語が聞き取れるほどになっていた。

誰かが怒鳴っている。
村長と、誰かが。


「あれは……儂の……!」
「もういい加減…………自由に……!」


村長の部屋の扉の前。話の内容は未だに聞き取ることはできないものの、もう一人の声が誰なのかははっきりと分かった。
彼だ。いつも俺を庇ってくれていた、優しい彼の人だ。


「もういいでしょう!あなたはまだ満足しないのか!?」
「お前にそのような事を言われる筋合いはない!」


耳に勝手に入ってくる怒鳴り声。
いつの間にか全身の力が抜けて、ぺたりと廊下に座り込んでしまっていた。

この会話に覚えがある。
かつて俺はこれを聞いた。これを聞いて、そして────…。



がたん!、と大きな音が響いて、誰かのうめき声とがちゃりという金属音が響いた。
反射的に動いた身体が扉を押し開け、その向こうに広がる光景を目にする。


真っ赤な彼の全身
倒れている村長の小さな身体
銀色に鈍く光る鋭い刀
泣いているような、笑っているような、奇妙な彼の表情


ひどく現実離れしたそれらを理解した瞬間、揺れていた彼の身体がゆっくりと傾ぐ。
どすんと鈍い音を立てて倒れたそれは、虚ろな瞳でこちらを見ていた。
恨んでいるような、憎んでいるような、ひどく歪んだ瞳が俺を捕らえて離さない。


「真田……どうして……どうして俺を庇ったの………俺の命にそんな価値はないのに…………」
「その瞳が好きだったからだ。その綺麗な顔が好きだったからだ。死んで欲しくないと思ったんだ。生きていて欲しいと願ったんだ。だから俺はお前を生かした。お前を助け、そして俺は死んだ。お前が殺したんだ」
「違う……嘘だ………俺が殺したんじゃない!」
「いいや、お前が殺した。お前が俺を殺したんだ!」


絶叫。耳鳴り。慟哭。
耳を塞いで目を閉じて、縮こまって震えながら俺は叫ぶ。

俺じゃない。俺が殺したんじゃない。俺が殺したんじゃないんだ。
それは奇しくも、あの日疑われた俺が断罪のために発した言葉だった。






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