柳生が案内してくれたのは外国風味の外装をした店だった。取り立てて派手な宣伝をしているわけではなく、ただひっそりと路地の片隅に鎮座している料理店、そんな印象を抱いた。一瞬、開店しているのだろうかと疑問を抱いたが、柳生は足を緩めることなく入口に向かって歩いていく。


「柳生―、ここうまいのー?」
「ええ、美味しいですよ。外国料理なので、最初は違和感があるかもしれませんが」
「というよりも、開いているのかな?」
「ええ、大丈夫です」


やけにきっぱりと言い切る柳生は迷うことなく入口の扉を開く。落ち着いた雰囲気の音楽が流れ出してきて、それに誘われるようにして店内に入った。外装と同じく内装も外国風味で、異国情緒ある店主がいるのだろうということを窺わせた。


「いらっしゃいませー」


張りのある、そして聞き覚えもある男の声。思わず、店の奥から出てきている店員をまじまじと見つめた。見覚えのある黒い肌、異国風の顔立ちと優しげな表情。


「ジャッカル、か?」
「え?おー、皆揃ってんな。どうしたんだ?」
「お久しぶりですね、桑原君」
「あれ?柳生は知り合い?」
「ええ、偶然ここに来た時に再会したんです。それ以来、時々来るようになりまして」
「あん時はびっくりしたぜ。客に急に名前呼ばれるしよ」
「あの時は私も驚いていましたので」


柳生はにこやかに笑いながら眼鏡を上げ、気だるげに壁にもたれかかっていた仁王の腕を引きずって奥に入っていく。それに当たり前のように丸井と赤也が従って、取り残された形になった幸村と柳が顔を見合わせた。


「え、奥行ってもいいのかな?ジャッカル、案内は?」
「あー、たぶん今用意してるからちょっと待ってやってくれ」
「用意?一体、どういうことだ?」
「ジャッカル、客に用意させるとはたるんどるぞ」
「事情は後で分かると思うから……」


はっきりとした答えを返そうとしないジャッカルは、ここで待っているように言い残して柳生たちの後に続いて奥に入って行ってしまった。結果として、何がどうなっているのか全く分からない三人だけになってしまった。待っていろと言われたからには中に入っていくわけにもいかず、とりあえず順番待ちのために並べられているのだろう椅子に腰かけて誰かが出てくるのを待つことにする。


「にしても、一体何なんだろうね?俺を入口で待たせるなんて……いい度胸してるよ」
「客を待たせるとはたるんどるな」
「何かしらの事情があるのだろう。今は待つしかない」


蓮二が静かに言い切ると、納得したのか幸村も口を閉ざす。そのまましばらく無言の時間が過ぎた。奥から響いてくる丸井と赤也の騒がしい声とそれを叱りつける柳生の怒鳴り声。さらには何かが落ちるようなけたたましい物音。何が起きているのかはさっぱり見当がつかないが、とにかく全員総出で何かをしているようだ。


「おまたせしました。どうぞ、皆さんこちらへ」


そうこうしているうちに柳生が出てきて、客人を迎える執事のように扉を開けて促してくる。それに従って奥に足を踏み入れた瞬間、激しい音が全身を包んだ。それはまさにゲームセンターの悪夢再来だ。


「誕生日おめでとうございます!」


きーん、と耳鳴りのような音が響いている鼓膜に飛び込んできた言葉。思わず息をつまらせ、無意識のうちに閉じていた目を開く。そこには一卓を丸々埋め尽くすほどの大量の料理と派手な飾り付け、そして先ほどの音の原因だろうクラッカーから飛び出した色とりどりの紐。
いくら鈍い鈍いと言われている俺でもさすがに分かった。これは誕生日を祝うための席だ。


「ふふ、うまく引っかかってくれたね」
「いつばれるかと、一日冷や冷やしていたぞ」
「これは……一体……」


理解はしても頭がついていかない。思わず口から零れた言葉に、幸村は心底楽しそうな笑い声を上げた。


「お前の誕生日祝いに決まってるだろ。わざわざ俺が皆に連絡取って、ジャッカルの店を貸し切って、全員で登場する時間まで決めて今日一日を演じてたんだよ。ま、色々とアクシデントもあったし、大変だったけどね」


丸井が役目を忘れてばくばく食べてるし、仁王は仁王でどっか消えるし、赤也はゲームに夢中になりすぎてこっちに気づかないし、などと幸村は滔々と呟く。名前を呼ばれるたびに当人が頭を下げて、申し訳なさそうにしているのが印象的だった。


「その度に俺や丸井が当たられていたんだ。もう少し反省するといい」
「俺は自分のケリはつけてるぜぃ」
「すんません……」
「……プピーナ」
「まぁ、成功したから別にいいよ。にしても、真田のリアクションつまらないね。感動のあまり号泣とかしないわけ?」
「いや…嬉しいのだが、驚きが大きすぎて声が出ない」


恥ずかしい限りだがそれが事実だった。あまりにも退屈で単調な日々が続いていて、それが明日も明後日も続くのだと思っていたのに。なぜ今日はこんなにも幸せなのだろう。今日一日退屈ではなかったし、単調でもなかった。そして最後はこの祝いの場。一体どれだけの労力がかかっているのだろうかと考えると、嬉しい反面申し訳無い気もして素直に笑えない。


「どうせ堅苦しい事考えてるんだろ?そんなのはやめてくれるかな?辛気臭くて叶わないよ」
「とりあえず、席については如何ですか?料理を食べましょう」


柳生に促され、それまで立ち尽くしていたことにやっと気づいた。茫然とその場の全員の顔を見まわしてから柳生の手招きに従って椅子に座る。全員が座った事を確認すると、幸村が立ち上がって息を吸い込んだ。


「仕切り直しってことで。真田、誕生日おめでとう。これからもよろしく頼む」
「一人暮らしは食生活の面での欠点が多い。そこに留意して生活をしろ」
「これからも仲良くしましょうね」
「時々連絡してきんしゃい」
「俺、真田の料理食ってみたいなー」
「今度一緒にゲーセン行きましょうね」
「赤也と丸井の事、頼むな」


ふっと頬が綻ぶのを感じた。何故だか心がとても暖かくて、まるでぬるま湯に浸かっているかのような安堵感が走る。単調な日々で凝り固まった心が溶け出していく。
こういう暖かい日々が続くのならば、大人になるのも悪くないかもしれない。そんな事をぼんやりと思っていると、隣の席の丸井にグラスを握らされた。いつの間にか他の誰もがグラスを持っていて、幸村の唱和に合わせて軽くぶつけ合う。


「生まれてきてくれてありがとう!」






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -