結局、丸井がコートに転がってギブアップしたことによりダブルスの時間は終わりを告げた。その頃には仁王も帰って来ていて、憤慨した柳生にこっぴどく叱られて何度も謝らされていた。


「丸井、大丈夫か」
「あー全然大丈夫じゃねー。俺、絶対明日筋肉痛だ……」


たるんどる、と呟くと顔を真っ赤にしながら吠えられた。曰く、慣れない後衛を無理矢理やらされ、しかもボールのほとんどが後ろに回されるというのはとてもきついことなんだとか。けれど、そういう丸井だって中学時代はそういうテニスをジャッカルにやらせていたのだから自業自得のような気がしないでもない。


「真田―、これからどうする?そろそろ日が沈むから暗くてボールが見えなくなっちゃうよ」
「そうだな……幸村はどこか行きたいところがあるか?」
「俺はない。テニス出来たから満足したよ」
「お、じゃあ俺行きたいとこあるんじゃけど」
「む、どこだ?」
「ゲーセン」






一応拒否はした。今まで来たことのない場所だし、興味もない。それに騒がしい所はあまり好きでもない。けれど、他に案がないのだからと幸村に押し切られ、否応なく近くにある大型ゲームセンターへとやって来た。


「おー、結構数あるのー」
「ここが建てられたのは約三か月前。なかなかの品揃えを誇っているようだ」
「なんでそんなこと知っとんじゃ」
「きぎょ……」
「企業秘密なんだよね。さっきも聞いたから、それ」
「……すまないな、精市」


店内に入るとギラギラと殺人的に輝くライトが目を射て、一瞬めまいがした。ここには俺の全く知らない世界が広がっているようだ。慣れた様子で機器を物色している仁王と丸井が得体の知れない者のように思えてきた。それにこの音楽。ここまで音量を上げることに何の意味があるのだろう。


「真田君、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。少しばかり慣れないが、大丈夫だ」
「それならば良いのですが……慣れない方は気分が悪くなるので気をつけてくださいね」


柳生の助言は明らかに遅かった。そういう言葉は店内に入る前に言って欲しい。そんなことを言ったらただのやつあたりにしかならないので無言のまま頷きを返し、微かに痛み始めたこめかみを擦る。この痛みは目の不調から来るものだろうか。


「ブンちゃん、これ好みじゃなか?」
「なんで俺の好みが豚のぬいぐるみなんだよ」
「同類じゃから。こんな所に閉じ込められとん可哀想やと思わんか?」
「思わねーよ!そもそも同類じゃないし」
「おー、それは初耳じゃ。俺はてっきりブンちゃんも豚類なんじゃと思っとった」


「ふふ…二人とも楽しそうだね」
「お前はゲームをしないのか、精市?」
「俺はしないよ。ぬいぐるみは邪魔になるだけだし、特に楽しいとも思わないしね」
「そうか、お前らしい意見だな」


呑気だ、と思う。どうしてこんな所で普通に会話をしていられるのか。実はあの二人もこういう場に慣れているということだろうか。そうだとすれば、この場に馴染めていないのは俺一人ということになる。なんだかそれは虚しい気がして、気合いを入れて不調を隠す。適当に歩きながら中にぬいぐるみが入っている機械を覗いてみたものの、何をどうしてどうなるのか全く皆目付かなかった。


「真田君、ゲームをなさるのですか?」
「いや…やったことがないので見ていただけだ。柳生、お前はこの……げーむとやらをやったことがあるのか?」
「ええ、仁王君に無理矢理連れてこられる時があるんですが……お付き合いで数回やったことがありますね。よろしければご説明致しましょうか?」
「うむ、頼めるだろうか?どうやら、やったことがないのは俺だけのようだ」
「はい、喜んで。では、やって見せるのでご覧になっていてください」


柳生が手慣れた様子で硬貨を入れると、明るい音楽が流れ始めライトアップが眩しく輝く。思わず目をそむけそうになったが、目を細める事でそれを回避した。


「ここにボタンがあります。えっと……こっちがクレーンを前に動かして、こっちがクレーンを横に動かすボタンです」
「くれーんとはなんだ?」
「中に入っている鉤爪のようなものです。あれでぬいぐるみを掴んで穴まで運んで落とせれば、そのぬいぐるみが貰えるんです」


柳生がボタンを押すと、その通りにクレーンとやらが動いた。子供むけにデフォルメされている犬のぬいぐるみのようなものを掴んで、ゆっくりとスタート地点まで戻ってくる。ぬいぐるみは途中で落ちることなく、綺麗に穴の中に落とされた。


「これでこのぬいぐるみは貰えるんです。簡単でしょう?」
「いや…なかなか難しそうだ」
「慣れれば簡単ですよ。やってみますか?」
「うむ、では一度……」


やってみよう、と言いかけた言葉は突如として上がった悲鳴のような声にかき消された。店内は十分うるさいが、そのうるささに勝る声量。柳生が驚いたように辺りを見回し、そして店の奥の方を指差した。


「あちらから聞こえてきましたね。行ってみましょうか」
「何かあったのだろうか」
「おそらく……ゲーマーさんがいらっしゃるのだと思います」


ゲーマーが何なのかは分からなかったが、素早く進み始めた柳生に従って店の奥へと進む。いつの間にかどこかに消えていた幸村たちとも何とか合流し、騒がしい人だかりができている店の一角を目指す。仁王と丸井がうまく人混みを除けながらどんどん進んでいくのに引きずられるようにして人だかりの前の方に進むと、さっきまでやっていたクレーンゲームとは違う種類のゲームが目に入った。


「格闘ゲームか。なかなかのゲーマーがおるみたいじゃの」
「あれ最新版だろぃ?よくやるよなー」


どうやらあのゲームは格闘ゲームと言うらしい。何をしているのかは全く分からないが、敵をどんどん倒していっているのだけはかろうじて理解できた。


「ひゃーっひゃひゃひゃ!テメーも赤く染めてやるよ!」


騒音の隙間を縫ってかすかに届いた声。聞き覚えがあるような気がしたのは気のせいだろうか。あの特徴的な笑い方にも心当たりがあるのだけれど……。


「もしかして、あれ赤也かな」
「あの後ろ姿が切原赤也の確率97.5%」
「っつうか、明らかに赤也だろぃ!おい、赤也!」


大声で名前を呼ばれた事に気づいたのか、それまでゲームを睨みつけていた顔がこちらを振り返る。それは確かに一年年下の後輩の顔で、もう飽きた感慨だけれども懐かしいと思った。目が真っ赤に充血しているのは、ゲームに集中しすぎていたせいなのだろう。


「あ、先輩たち!なんでこんなトコに居るんすか?」
「ゲーセン来るのにゲーム以外の理由があるんか?お前さんだって格ゲー目当てじゃろ?」
「ま、そりゃそうなんですけど。にしても、懐かしいっすねー」
「全然会ってないもんね。それより、外に出ないかい?ここはうるさくて声が聞こえないよ」
「了解っす!」


赤也は会話しながらも続けていたゲームを止め、おそらくそのゲーム捌きを見るために集まってきていたのだろう人々に手を振りながらこっちに向かってきた。赤也がゲームを止めた事によって徐々に瓦解し始めた人ごみに紛れ、はぐれないようにしながら入口に向かう。
一歩外に出ると、清涼で穏やかな空気が全身を包み込み、精神的な解放感を味わった。耳を劈く音や目を焼くかのようなライトを思い出すと、もう二度とこのような場所に来ることはないような気がした。


「にしても、なんでこんなに集合してるんすか?」
「かくかくしかじかだよ、赤也」
「かくかくしかく?何ですか、それ」
「かくかくしかじか、だ。つまり、説明が面倒だから自分で察しろということだ」
「鈍いんと馬鹿なんは相変わらずじゃな」
「うるさいっす。っつーか、仁王先輩その頭どうしたんですか?」
「俺が真っ当な道に足を踏み入れたっちゅうことじゃ」
「ぶっ、似合わねー!頭おかしくなったんですか?」
「切原君!仮にも先輩に向かってその口のきき方はないでしょう!」
「そうだぞ、赤也。口のきき方をもう少し改めろ」
「はいはい。副部長と柳生先輩も相変わらずっすね」
「お前も大して変わってないだろぃ。格ゲー好きだし、目は真っ赤だったし、あの笑い方も変わってねーし」
「そういう丸井先輩も丸い所は変わってませんね」
「うっせーぞ、俺は丸くない!」
「丸井先輩が丸くなかったら、この世の人間は全員四角っすよ」
「なんだと、このバカヤ!乾燥ワカメ!」
「髪の毛には触れないでください!」


赤也も相変わらずだった。あまりにも変化のないその口調のせいで、一瞬中学校時代に戻ったのかと錯覚する。あの頃の帰り道もこんな風に赤也と丸井の喧嘩を眺めていた。ふと浮かんだ情景があまりにも今の状況と酷似していて、思わず口の端を吊りあげる。


「あーもう、馬鹿と喧嘩したら腹減った!」
「そうやって食うから豚に……って、髪引っ張らないでください!」
「あー、聞こえない聞こえない」
「確かにお腹空いたね。折角だし、どこかに食べに行こうか?」
「あ、でしたら私が良い所を知っています」
「うまいなら何でもいいぜぃ」
「おいしいですよ。それに、皆さん喜ぶと思います。そこでよろしければ、案内しますが?」
「シクヨロー!」
「では、行きましょう」






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