仁王の詐欺は昔と変わらず効果絶大で、それに呑まれた俺は無残にコートに沈む羽目になった。幸村と丸井は言うまでもなく幸村が丸井を一方的に攻撃し続けるという結果になり、蓮二と柳生はデータ不足の蓮二が柳生に押される結果となっていた。
全員がある程度疲弊してきたので休憩を取った。一番ひどい目に合った丸井が泣きそうな顔をしながら、また柳生が買ってきたドリンクを飲んでいた。その隣で、蓮二がどこから出してきたのかノートにメモを取っていた。


「やっぱり腕が落ちてるね。しばらくラケットを持たないと駄目だな」
「確かにな。お前はまだ良い。俺は仁王に負けたぞ」
「へぇ、真田が?仁王も腕を上げたね」
「というよりも、俺の腕が落ちているのだろう」
「ふふ……たるんでるね、真田」
「うむ」


身体は分かっているのに、意識がそれを邪魔する。自分の身体が動こうとするのに、もう届かないと思うことで動きを抑制してしまう。それを何度も繰り返し、おかげでまんまと仁王にしてやられてしまった。


「俺、次はダブルスがやりたいな」
「お前はシングルス専門だろう」
「そうだけど……別にやっちゃいけないわけじゃないだろ?俺だってダブルスがしてみたいんだ」
「まぁ……俺は構わないが」
「じゃあ、決まりだ」


幸村は楽しそうに頷いて、座りこんでいる丸井に近づいていく。丸井は虚ろな目で幸村を見上げて、観念したようにうなだれた。不憫だとは思うけれど、何をしてやれるわけでもない。


「柳生」
「ああ、真田君。どうされましたか?」
「これからダブルスをするようだ。お前は仁王と組むか?」
「それでもいいのですが……仁王君は疲れたようでどこかに行ってしまいました」


言われて辺りを見てみれば、さっきまでいたはずの黒い頭がなかった。思い返せば、休憩に入ってすぐにどこかへ歩き去ったような記憶がある。きっとどこか日陰で休んでいるのだろう。サボり癖は相変わらずのようだ。


「そうか。では、組み方を考えなくてはな」
「そうですね。とりあえず、幸村君たちの所へ行きましょう」
「ああ」






「真田君、ここは私が!」
「頼んだ!」


結局、蓮二はデータをまとめたいからと言ってダブルスを辞退し、何故かまた幸村が丸井と組むと主張したおかげで俺と柳生が組むことになった。
高校時代、誰かとダブルスを組んだことは一度もない。一年生の頃からレギュラーだったが、いつもシングルスに出ていたからだ。幸村もそれは同じだろう。柳生と丸井は違うが、この二人はいつものパートナーではない。打ちにくさもあるはずだ。けれど、柳生はそれを声をかけることによって解消してくれていた。


「丸井、ボール行ったよ」
「…幸村くん、俺前衛専門なんだけど!」
「ふふ、俺も前衛専門だから」


ダブルスなど組んだことのない男が飄々とうそぶいていた。強制的に後衛に回された丸井は、シングルス以上に走りまわってボールを拾っている。幸村がほとんど動かずにボールを後ろに回すものだから、その苦労は半端ではないだろう。
柳生の鋭いショットがコートに叩きつけられ、どうにか追いついた丸井のラケットがそれを大きく弾き上げた。それは俺の頭上を越えて、柳生のいる後衛ゾーンへ。


「真田君、一歩下がってください!」
「む、こうか?」


いきなりの意味の分からない指示に分からないまま従った。一歩下がってネットとの距離を取った瞬間、顔の真横を黄色い物体が通り過ぎ、鋭い風を巻き起こす。
思わず硬直して相手コートを見やると、コートを通り越した向こう側にボールが転がっているのが見えた。


「……柳生」
「何ですか?」
「レーザービームを打つなら打つと言ってもらえないだろうか。心臓に悪いのだが」
「え、しかし、言ってしまっては意味がないのですが……」


確かにそうだ。技を出す前に技名を叫んでしまっては、今から何をするのか丸わかりになってしまう。


「そうだな……なんでもない、忘れてくれ」
「はい。あの、もしよければ前衛と後衛代わりますか?そうすれば、真田君も風林火山が出せますよ」
「いや……俺はいい」


何をどう間違ったって、今の幸村に風林火山をぶつける気にはならない。レーザービームを決められた事で幸村に厭味を言われているのだろう丸井が、半泣きの表情でラケットを握っていた。
あの幸村に風林火山など出したら、間違いなく五感を奪われて捨てられる。無我の境地で火をコピーされ、ぶつけられかねない。


「では、もう一球行きましょうか」
「そうだな」


丸井には可哀想だが助ける手立てはない。仁王が帰ってくるか、蓮二がデータまとめに満足すれば解放される可能性があるが、どちらの望みも薄そうだった。
背後から響いてきたボールを打つ音とそして過ぎていく風。ダブルスの前衛は常に恐怖心との戦いだ。いつボールを当てられるか、分かったものではない。
柳生だからいいものの、これが仁王だったらわざと当てられそうだ。それを想像すると妙におかしくて小さく噴き出してしまった。






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