なんであの人だけ、と呟いてみればそれはただの俺の醜い嫉妬だった。こんな言葉、誰にも言えない。
誰が聞いたって、そんなことを言うなと俺をたしなめるだろうし、下手をすれば真田副部長辺りに殴られかねない。
ぼんやりと上がっていく煙を見つめながら、そんな思考を何度も何度も繰り返していた。壊れたテープレコーダーみたいに繰り返される言葉は、俺が俺に向けて発する自責の念だ。
なんであんなことを言ってしまったのか。どうしてあの時止められなかったのか。


「赤也」
「…幸村部長」


脳震盪で入院していた幸村部長はもう退院していて、今日はきっちりと制服を着こんで葬儀に出席していた。
心配そうな、それでいて責めるような目が俺の事を捉えていた。


「仁王に会ったんだね」
「はい」
「止めようとしたのかな?」
「……はい」


嘘は通じない。誰にも言っていない真実が明るみに出ることはないけれど、それでもこの人に嘘は通じない。
どんな嘘もたちどころに見抜かれて、不様な姿を晒すことになる。
俯くように頷くと、幸村部長は困ったように微笑んだ。ゆっくりと俺に近づいて、元々ぐしゃぐしゃの髪の毛をさらにぐしゃぐしゃにする。


「…何すか」
「辛かっただろ。もう我慢しなくて良いよ」
「……はっ」


嘲笑おうと思った。何を言っているんだこの人は。
俺が辛い?どうして辛いんだ。柳先輩が死んだのは悲しかったけれど、それはもう諦めているのに。
俺が悲しいのは、柳先輩が死んだことだけのはずなのに。

その言葉を否定したくて、思い浮かんだ事をぽんぽん口に出していくと、いつの間にかそれが嗚咽に変わって、いつの間にか涙が流れ始めていた。
何の涙だよ、これ。俺は仁王先輩が死んだ事なんか悲しくないのに。あんな人、死んでくれてせいせいしているくらいなのに。なんで泣いてるんだ、俺。


「よく頑張ったね。よしよし」
「うる……うるさ…っ」


幸村部長の優しい声が嫌だった。
その声は俺の心に染み込んで、俺の涙を引きずりだしてくる。
そんなもの流したくなんてないのに、次から次へと溢れてくるのはそのせいだ。
みっともないじゃないか。こんな姿を仁王先輩に見られたら、きっと笑われる。
あの心底人を馬鹿にするような、人を拒絶するような、悲しい笑い方で笑われてしまう。


「仁王と蓮二は天国で会えたかな」
「知りま、せんっ……」
「会えてたらいいね。お前もそう思うだろ?」


投げかけられた言葉に返事は返せなかった。涙と嗚咽がその言葉を消してしまうから。
だから仕方なく、小さく頭を動かして頷く。一度じゃ伝わらないような気がして、もう一度頷いた。
何度も何度も頷いて涙を零し続ける俺の頭を、幸村部長の暖かい手が撫で続けていた。




俺が認めていたのはあんただけだったんだ。
あんたならいいかもしれないって、そう思ってたのに。
届けたい言葉はもう届かない。もう二度と伝わらない。
あの時見せた仁王先輩の刹那の表情。
それはまるで、華の咲くような美しい笑み。




君が見えたから笑ったんだ






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