「重いのー」
「我慢しろ」
「俺はか弱いけん、こんなに重い物持てんのじゃ」
「それ以上無駄口を叩くなら荷物を増やすぞ」


取りつく島もない、というのはこういう奴の事をいうんだろう。自分は少しも荷物を持たず、俺ばかりに荷物を持たせているくせに悪いびれた様子一つ見せやしない。
ちらりと自分の手元を見下ろすと、冷却スプレーや消毒薬、スポーツ飲料水の原料である白い粉などが雑多に詰め込まれたビニール袋が見えた。それは見た目よりも重く、俺の血の巡りを悪くさせている。


「そもそも、何で俺が買い出しなんぞに来ないかんのじゃ」
「仕方がないだろう。部長と副部長が部活を開けるわけにはいかず、またこの荷物を一人で持つのは難しい。さらに、買うべき物を知っているのは俺と精市だけだ。まぁ、俺は別に赤也と来ても良かったのだが?」
「……厭味な奴じゃの」


口を開けば理屈詰め、厭味の専売特許を持っているようなこいつが善意で俺を買い出しに誘ってくれたことは、十分に分かっている。学校に部活に勉強に、二人でいられる時間は少ない。だからこそ、誘ってくれたんだと分かっているんだけれど。
……荷物を全部持たさんでもええと思うんじゃけどのー。しかも、何買ったんじゃこれ。腕が千切れそうなんじゃけど。


「赤也なんぞと来たら、遊び回って大変じゃろ」
「そうだな。その惨状が目に浮かぶ。是が非でも勘弁願いたいところだ」
「良かったな、俺が一緒で」
「赤也が駄目なら柳生かジャッカルだな。あの二人は従順に言うことを聞いてくれるぞ。お前みたいにぎゃあぎゃあ文句を言わないしな」
「……さんぼー、頼むけんそんなこと言わんといて。雅治君、寂しくて泣いてしまう」


とりあえずは別の事で泣きそうじゃけど。あー血が止まって、腕が紫色になっちょるし。
どうにも重さに耐えられなくて、一度地面に荷物を下ろす。血が巡らなくなり、欝血してしまった腕を、赤味が戻ってくるまで降り続ける。
一応慈悲の心はあるのか、立ち止まってくれた参謀を見上げて小さく笑って見せた。


「腕が化け物のようだな」
「失礼じゃの。誰のせいじゃと……」
「鍛え方の足りないお前のせいだ。違うか?」
「……そのとおりですねー」


飄々と笑いやがる参謀を睨みつけ────ようとしたら逆に睨みつけられたので慌てて視線を逸らす。参謀と付き合い始めて数カ月経つけれど、一度も睨み合いで勝ったことがない。そんなことを話しているうちに、手に赤味が戻ってきた。それを確認し、ため息をつく。のろのろと荷物を持ち上げようとしたけれど、その手はなぜか空を掻いた。


「……参謀」
「何だ?あと、名前で呼べ」
「おー、名前の。じゃあ、柳」
「…日本語が通じていないのか?名前と言っただろうが」
「分かった分かった!分かったから、髪をひっぱ……って、抜けたじゃろ今!」


ぶちぶちという不吉な音が耳元で響いた。咄嗟に頭に手をやりながら、隣で抜いた髪の毛を眺めている参謀を見上げる。その手にはさっきまで俺が抱えていた荷物があった。


「気のせいだ。これは地毛か?染色しているのなら頭皮の問題を考慮し、これ以上手を入れない事を勧めるが」
「……あー、そうじゃな。さんぼ……蓮二がそう言うんじゃったらそうする」
「その方が良い。将来、禿げるぞ」
「それは困る…って、そんなことはどうでもいいんじゃ!お前さん、荷物!」
「何だ?そんなに持ちたいのか?持たせてやっても構わないぞ」
「いや、別に持ちたくはないんじゃけど……重くないんか?」
「お前のように不規則な生活はしていないからな」確かに俺は不規則な生活をしているし、部活はサボってるし……じゃなくて。持てるんだったら最初から自分で持って欲しかった。持てないから、わざわざ俺を連れてきて持たせているのだと思っていたのに。


「早く行くぞ。大分時間が経ってしまった」
「了解ナリ」


言うが早いかすたすたと歩き始めた参謀を追いかけ隣に並ぶ。まだ夕方といえるかいえないかの時間にしては人通りが多かった。通行人にぶつからないように気をつけながら、立海への道を辿る。そんなに遠くまで来ていたわけではなかったので、すぐに校舎が見えてくる。信号を一つ渡って、そのすぐ先だ。
丁度赤になってしまった信号で立ち止まり、参謀が持っている荷物に手を伸ばす。持っていた時は持って欲しいと思っていたけれど、いざ持たせてみたらなんとなく気まずい。


「何だ?」
「こっからは俺が持つけん渡しんしゃい」
「あれだけ持つのを嫌がっていたのに、どんな心境の変化だ?」
「雅治君は優しいけん、人に荷物を持たせるなんてできんのじゃ」
「言っていることが矛盾しているぞ」
「あーもう、なんでもええけん渡しんしゃい」


半ば無理矢理に袋を奪おうとすると、何故か中に入っていた冷却スプレーを渡された。しかも、それだけ。


「俺が持つ。お前に持たせたら、また欝血するだろう。あれは見るに堪えないからな」
「…もしかして心配してくれとる?」
「当たり前だ」
「うわー、雅治君感激―」
「どうでもいいが、その話し方はやめろ。鳥肌が立つ。ほら、行くぞ」


言い返そうとしたらうまい具合に信号が変わった。置いて行かれそうになって、慌てて大きな背中を追おうとして、その瞬間に手が滑った。


「あ!」
「全く……何をしているんだ」
「手が滑ったんじゃ」


唯一預けられた冷却スプレーがからんからんとやかましい音を立てながら転がっていく。それは結構な勢いで転がり続け、向こう側の歩道の手前でやっと止まった。
それを慌てて追いかけて、途中で参謀の背中を追い抜いて、地面に転がっている冷却スプレーに手を伸ばし────……。


「雅治!」
「───え?」


あと数ミリで冷却スプレーを掴める。そう思ったのに、何故か体が後ろに引きずられて掴む事が出来なかった。
ぐらりと揺れる視界と、目に飛び込んできた鮮烈な青。どこまでも突き抜けるような青さに眩暈がする。
その青さに、赤い色が混じった。


「きゃあああああっ!!」


誰かが上げた悲鳴が耳につく。目の前に広がった光景があまりにも嘘くさくて、全然現実味が無くて。
でもそれでも、全身に降りかかった真っ赤な血の温かさは本物だった。


「……な、んで」


弾き飛ばされたその身体はまるでぼろ雑巾のような有り様で道路に転がっていた。硬直してうまく動かない身体で傍に這い寄り、その頬に手を伸ばす。


「蓮、二……蓮二!」


名前を呼んでも肩を掴んで揺さぶっても反応が無くて、その光を失った虚ろな目と目が合って。
もうこの声が届いていないのだと、そう気付いた。


「ああぁぁぁぁっ───…!」


絶叫して、震える手でその身体をかき抱く。ぐにゃりとしたその身体が、彼のものなのだと信じたくなかった。
さっきまでいつものように話をして、笑って、腹の立つ憎まれ口を叩いていて、なのに───どうして?

誰かが駆け寄ってくる足音と、遠くから響くサイレンの音。後ろから肩を掴まれて引き離されて、手を伸ばしても触れられなくて。
ただがむしゃらに、彼を求めて暴れていたことだけが、ばらばらに壊れてしまった記憶に残っている。




この声は届きませんか?
君は今何処にいますか?







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -