君の夢に彼はいますか?
眠り続ける君に、俺の声は届いていますか?







おはようと微笑んで







白い病室は、かつて彼が使っていたものだった。彼女がここに入ったのはあくまでも偶然らしいけれど、実は天国に居るだろう彼が仕組んだのではないかと勝手にそう睨んでいる。


「今日は精市の家に線香をあげに行ってきた」


涼やかな風が病室内を吹きわたり、窓際のカーテンがゆらりと揺れる。その風は穏やかな表情で眠っている彰子の髪を微かに揺らし、そしてまた窓から青い空へと帰って行った。
見えるはずもないそれを目線で追いかけ、蒼窮に輝く空を見つめる。


「彰子の事を心配していた。また線香をあげに来て欲しいと、そう言われた」


だから、と。それに続く言葉を探しあぐねて、一時の沈黙が降り立った。それを誤魔化すように口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと眠っている彰子の傍に近づく。


「目が覚めたら、一緒に行こう。精市のご両親も楽しみにしている」


あの日、窓から飛び降りた彰子を救ったのは誰かが泣いているみたいに降っていた雨。それが地面の泥をぬかるませ、衝撃を和らげてくれたのだと聞いた。
それを聞いた時、彰子を死なせたくなかった精市が彰子の為に雨を降らせたのだと思った。もしかしたらあの雨は、彼の涙の雫なのかもしれない。
こんな夢物語のような考えは誰にも聞かせていない。聞かせるならば、意識不明の重体で眠り続けている彰子が目を覚ました時だと、そう決めていた。


「こっちは少しも変わっていない。精市の為にも、三連覇を果たそうと日々努力している」


彰子にこの声は届いているのだろうか。
昔のような穏やかな笑みを浮かべて眠る彰子は、幸せな夢でも見ているのだろうか。
彼のいる、過去の夢の中で生きているのだろうか。
投げ出されている暖かい手をそっと取って、その僅かな繋がりに願いを託す。


どうか目を覚まして。幸せな夢の中ではなく、俺の傍で生きて。


もしも彰子の目が覚めて、そしてまた俺の傍で笑ってくれるというのなら、彼女にこの想いを告げようと決めている。
きっと彰子は目を白黒させながら、困ったように笑うだろう。もしも想いが届かないのだとしても、それは仕方のない事だと思う。さっきよりも強い風が吹きこんできて、すぐ傍でぱさりという小さな音がした。見降ろしてみれば白い封筒がそこに落ちていて、それは最初に見舞いに来た日に俺自身が持ってきた彰子から預かった手紙。
彰子が残した、最後の手紙だ。


「これを読んでしまったと言ったら、お前は怒るか?それとも───……」


仕方ないね、と笑ってくれるだろうか。手紙を預かった時の彰子の顔はまだ覚えている。あの時の辛そうな微笑みはいつまでも俺の中に残っている。
手紙を拾い上げて、またベッドの傍のサイドテーブルの上に置いた。
いっそのこと捨ててしまおうかとも思ったけれど、彰子の手紙を預かっておくのが俺の仕事なのだと思えばそれはできなかった。


「彰子、夢だけではそのうち飽きるぞ。早くこっちに戻ってこい」



こっちの世界にも楽しい事がたくさんあるから。
青い空と過ぎゆく日々。
彼はここにいないけれど、そのあなを埋められるだけのものがここにもあるから。

名残惜しく力を込めてからゆっくりと手を離した。扉の傍で振り返って、彰子の顔を見つめる。


「今日はもう帰る。また明日来るから」


返らない返事の代わりのようにカーテンがはためいて、青い蒼い空が輝いていた。





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