俺に笑いかけないで
君の笑顔が俺の罪を責め続けるから








このままの日がずっと続くのだと信じていた。俺のついた嘘を彰子が信じ続けて、そのまま平凡な時間が過ぎていくのだと、その先に何があるのかなんて少しも考えもせずに信じ切っていた。
今思えば、そんなことあるはずがなくて。嘘は見抜かれて真実になるために生まれてくるのだから、ばれてしまうのが当たり前なのに。


そして、その日は唐突にやってきた。

精市の四十九日の日。葬式の日のような、暗い空から降る涙が地面を濡らしていて、その雨音がとても耳ざわりだった。
朝のHRの時間、普段ならあまり話をしない担任がゆっくりと口を開いて、その時既にその予感があったのだけれど止められなかった。


「えー……本日で無事に幸村くんの四十九日も終わります。これからは、気持ちを切り替えて、彼の分も精一杯生きて───……」


一瞬だけ時が止まったような気がした。話題が話題なだけにクラスメイトはとても静かで、教師の声は彰子にも聞こえているはずで。名前を呼ぶことは憚られて、とっさに教室の後ろの方に座っている彰子を振り返った。そこには顔面蒼白で椅子に倒れこむようにして座っている彰子の姿があって、次の瞬間その口から盛大な悲鳴が上がった。


「いやああぁぁぁぁっ!!」


絶叫。もはや慟哭と呼んでも差し支えのない声量と迫力だった。クラス中が彰子に注目し、けれど彰子はそんな好奇の目を完全に無視して立ち上がる。
まずいと思った時には既に遅く、彰子はそのまま教室を飛び出してしまった。その反動で倒れた椅子が激しい音を立てた。


「沖原さん!」
「彰子!」


教師の声で我に返って、慌てて俺も立ち上がる。動揺して追いかけることさえ忘れている教師を突き飛ばし、廊下に飛び出した。先ほどの悲鳴が聞こえたのか、他のクラスから顔を出している奴がたくさんいて、その向こうに走る彰子の後ろ姿があった。
背後で叫ぶ教師を無視し、彰子を追って廊下を走りだす。途中、弦一郎や柳生の声が聞こえたような気がしたけれど、それさえもすぐに背後に消えて行った。





結局、テニス部に所属しているという身分でありながら、彰子に追いつくことはできなかった。一つの原因としては、彰子を見失ったことがあげられる。廊下を曲がるうちにその姿を見失ってしまったのだ。
追いかける手立てはなくなったけれど、行く場所は分かっていた。
───────精市の病院だ。


「彰子!」


案の定、彰子は精市が使っていた病室に居た。
雨の音がノイズのように病室中に響いていて、濡れてしまった身体が冷たくて風邪をひいてしまいそうだと思った。


「蓮二、追いかけてきてくれたの?」
「当たり前だ。何をしているんだ。精市はもういないと────」
「そうだね。もう……いないんだね」


彰子はとても綺麗な笑みを浮かべて、どこか疲れたように肩を落として、寂しそうに呟いた。
ふわりとゆっくりとした動作でベッドに近づいて、そのシーツに触れる。


「信じたくなかったけど……これが本当なんだよね」
「彰子……」
「本当はね、全部分かってたんだ。精市がもう死んでいない事も、どんなに泣いても帰ってこない事も」
「知っていたのか?」
「うん」


静かな病室にただただ雨のノイズが響いた。
彰子はそれきり何も言わずにシーツに触れている。背中を向けているから泣いているのかは分からなかったけれど、少なくとも今までのように嗚咽を上げてはいなかった。


「精市が死んだ時、すごく悲しかった。これからどうやって生きていけばいいのかって思ったら怖くて────でもそれ以上に怖かったのは、皆が精市を忘れてしまうんじゃないかってこと。精市は忘れられて、消えてしまうんじゃないかって……怖かったの」
「大丈夫だ。俺も弦一郎も皆覚えている。悲しいのは彰子だけじゃない」
「そうだね。でも、怖かったんだよ。だから────」


記憶がなくなったふりをしたのと言って、彰子は振り返った。その眦からはゆっくりと涙が零れおちていて、ひたひたと滴っている雨の雫と一緒に床に落ちて行った。
彰子と俺の周りには小さな水溜まりができていて、これは後で叱られるかもしれないと小さく思う。


「俺の嘘にも気付いたのか」
「うん。蓮二にしては矛盾だらけだなって思いながら聞いてたよ」
「すまなかったな、嘘などついて」
「ううん────蓮二の嘘、嬉しかった。ありがとう」


一瞬だけ窓の外が激しく輝いて、その後にごろごろという不吉な音が響く。どこかに雷が落ちたのだろう。
彰子はびくりと身体を震わせて、てれ隠しをするように曖昧にほほ笑み、その瞬間小さなくしゃみをした。


「……びっくりした」
「彰子、濡れたままでは風邪をひく。一度家に帰ろう」
「────駄目だよ。私はもう家には帰らない」


やけにきっぱりと言い切り、彰子はベッドの向こう側へと回る。そこには窓があって、今はカーテンも閉ざされて見えないけれど、病院の裏の敷地が広がっているはずだった。
カーテンが勢いよく開いて、そのままの勢いで窓も開かれる。いつの間にか激しくなっていた雨の音が室内になだれ込んできた。
何がしたいのか少しも分からなくて、そのまま茫然と彰子の行動を見守る。彰子は振り返って窓の桟にゆっくりと腰かけた。


「あのね、蓮二」
「彰子、何をしている。落ちたら67%の確率で死ぬぞ」
「いいんだよ、それで。私ね、精市の所に行くから」
「彰子!」
「────さよなら、蓮二」


慌てて駆け寄ろうとしたけれど、それよりも彰子が手に力を込めて窓の外に飛び出す方が早かった。
浮いた身体と消えていくその姿。悲鳴一つ上げずに、幸せそうに微笑んでいる彰子の表情。
様々なものが視界に飛び込んで、伸ばした手は彰子にかすりもしなくて。
俺はまた君を失ってしまう。あの時想いを告げられずに遠くへ行ってしまった君が、今度はもう二度と手の届かない所に行こうとしている。
そして。さんさんと降りしきる雨の中、鈍い音が響いた。





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