ただ君に
笑っていて欲しかったんだ








宛先が見つからなくて









すぐにばれてしまうだろうと思っていた嘘は、どうしてかばれることがなかった。彰子は両親に話をしたらしいが、それも記憶障害の症状だろうと思われたようだ。
その日から彰子が病院に通うことはなくなった。病院に行っても精市はいないということが飲み込めたのだろう。
けれど、そのかわりに彰子は遠い病院に転院してしまった精市の為に手紙を書くようになった。住所が分からないから出せない手紙を、何通も何通も書き続けた。
彰子の手で書かれ、誰にも読まれることなく捨てられるその手紙は、通算すれば一体どれだけの数になったのだろう。


「彰子」
「どうしたの?蓮二」
「何故、手紙を書くんだ」
「何故、って……」


彰子は手紙を綴る手を止め、じっと俺を見つめる。その目には、困ったような、戸惑うような表情がありありと浮かんでいた。


「手紙を書いちゃいけないの?」
「いや……書くのはいいが、出せないだろう?住所が分からないのだから」


分かるはずもないのだから。精市が転院した病院など、この世のどこを探しても見つからない。
あるとすれば、遙か上空に広がっているかもしれない天国。天国でも病気になるのかどうかは知らないけれど。


「うん。分からないから出せないよ」
「届かない手紙を書く必要があるのか?」
「どうだろう。でも、普通は書くんじゃないのかな」
「普通?」


彰子はふっと微笑んで、また手紙を書き始める。年頃の少女らしい丸い字が、テニス部の近況を綴る。
彰子は何故か手紙に自分の事を書かない。いつも書くのはテニス部のことだけ。赤也が何をしたとか、丸井がジャッカルに迷惑をかけていたとか、そんなことばかりだ。


「彼氏と離れ離れになった女の子って、手紙を書くものなんじゃないの?私はそう思ったんだけど……」
「あぁ、そういう意味か。そうだな、普通は書くだろう」
「ほら、私間違ってないでしょ?」
「ああ、そうだな」


普通は自分の事を書くのではないのか。会いたいとか寂しいとか、そういう事を書くべきではないのか。
そう思ったけれど口には出さなかった。一文字一文字丁寧に文字を書いている彰子の表情は真剣そのもので、何となくその言葉を言ってはいけないような気がした。
けれど沈黙は気まずくて、代わりになる言葉を口にする。


「捨ててしまうんだろう?」
「うん。置いておいても意味がないし、邪魔になっちゃうからね。自分の書いた手紙を読み返すのって、何か恥ずかしいし」
「では、俺が貰っても構わないか?」
「え?」
「俺が預かっておいて、精市に会う機会があったら渡しておく。関東大会後には一度顔を出すかもしれないから」
「本当に?うん、お願い」


嘘を重ねることに、何の意味もなかった。
綴られるだけ綴られて、誰にも読まれることなく捨てられる手紙たちがあまりにも悲しいと、誰にも読まれない手紙を綴り続ける彰子があまりにも切ないと、そう思っただけ。
精市にそれが届くことはないのだけれど、彰子がそれを知らなければ悲しむ事もない。


「蓮二、よろしくね。また書いたら預けるから」
「ああ。確かに預かった」


読んじゃ駄目だよ、と笑って彰子は俺に手紙を渡す。
きっと彰子は明日も明後日もその次も、毎日毎日手紙を書き続けるだろう。それを俺に預けて、精市から返事が来る日を楽しみにするに違いない。
罪悪感が胸の中で膨れ上がって、どうしようもなく汚い物体が俺の中で暴れている。


「やっぱり蓮二は優しいね」
「何故そう思う?」
「だって、普通はこんなことしてくれないでしょ」
「こんなこと?」
「手紙の配達役。一通じゃなくて何通にもなるかもしれないのに」


それは俺が彰子を愛しているから。
きっと彰子には重すぎるこの愛をもう告げずにいようと決めたけれど、それでも消すことはできないから。
だから俺は────……。


「幼馴染だからだ。それについでなのだから、大した労力でもない。気にしなくて構わない」
「幼馴染、かぁ……うん、そうだね。蓮二みたいな幼馴染がいて、私は幸せだね」
「ふっ……随分と簡単な幸せだな」
「うるさいなぁ、簡単でいいの!それより、私一杯手紙書くんだから、覚悟してよ?」
「最高でも段ボール一個分にしておいてくれ」
「そんなに書かないから!ていうか、それ何通分?」
「さあな」


そう言って笑うと、彰子もつられたように笑みを溢した。
もしも彰子が段ボール一個分の手紙を書いたら、俺はそれをどうしたのだろうか。
それを預かって、それをどうするつもりだったのだろうか。

結局、彰子は俺に一通しか手紙を預けなかったけれど、それで良かったのだと思う。
この一通の手紙さえ、どうすればいいのか分からない俺には、何通もの手紙は重すぎただろうから。





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