ゆらりゆらりと波に揺られているかのような、そんな心地の良い世界の中で、私は声を聞いた。
それはとても遠い所から響いていて何を言っているのかは聞こえなかったけれど、時々混じる自分の名前で私を呼んでいる事だけは分かった。

柔らかく、優しい響きで私を呼ぶ声。
それは明るい場所から聞こえてきていて、自然とそちらに足が向く。ふわふわと浮いているような気分で光を目指せば、唐突に輝きを増したそれが私を包み込んだ。

暖かい光の中で、誰かの腕が私を抱きしめた。
そのぬくもりに縋って、私はゆっくりと浮かび上がる。

どこまでも、どこまでも。
とても優しい、その場所へ。







目が覚めてすぐのぼんやりとした意識の中で、私は何かとても暖かいものに包まれているのを感じた。
その心地よさにもう一度眠りの中に戻ってしまいそうになりながら、どうにか薄っすらと瞼を押し上げる。
薄暗い天井が視界に入り、目だけで辺りを見回せば見慣れた埃っぽい廊下が広がっていた。


「……あ、れ……」
「莉那、目が覚めた?」
「……幸村、君……?」
「そうだよ。身体は大丈夫?」


そう言って薄く笑う彼の頬には、透明な雫が流れていた。そっと手を伸ばしてそれを拭えば、くすぐったそうに彼が身をよじる。


「……私、生きてる……?」
「ううん、死んでるよ」
「……じゃあ、幸村君と同じだね……」
「そうだよ。俺と同じ、皆と同じ、幽霊になったんだ。これしか方法が無くて、もしかしたら君は嫌がるかもしれないと思ったんだけど……」
「……どうして……?」
「だって、勝手に幽霊にされたら驚くだろう」
「……うーん、びっくりはしたけど、別に嫌じゃないよ。だって、幽霊ならずっと幸村君の傍にいられるでしょう……?」
「君は本当に――」
「……馬鹿、だよ……」


先回りして言葉を言えば、驚いたように目を開いてから彼が笑った。

もう二度と、会う事はできないと思っていた。
こうして笑いあう事も、できない筈だった。

けれど、だからこそ。
この瞬間が、何よりも愛しい。


「……ねぇ、幸村君。一緒に屋上に行こう。また綺麗な花を見よう……」
「約束、だからね」


夢のような約束を、現実にしよう。

優しく私を抱きしめる彼の腕の中でそう願えば、蒼い瞳に柔らかな光を宿して彼が頷いた。


「……幸村君、私ね。幸村君の事が―――」
「莉那、ストップ。それは俺から言う事だよ」


優しい笑顔で、少しだけ冷たい声で。
彼がその蒼を緩やかに細めた。


「君の事がとても大切で、失いたくないって思ったんだ。だから、莉那。これからも俺の傍にいて欲しい」
「……うん。ずっと、一緒だよ……」


薄暗くて、静かな廊下の片隅。
夢のような世界の中で、私は静かに目を閉じた。

暖かい彼の指が頬に触れて、一瞬後に唇に柔らかいものが重なった。


どこまでも愛しいこの想いを胸に、彼と永い時を過ごす。

今はそれが、私の全てだった。




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テーマ「人外ファンタジー」
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