「……あの柳っていう人は、幽霊、なんでしょう……?」
「……」


今日一日の授業が終わり、賑やかに生徒たちが帰路に着く中で、私は薄暗い廊下へとやってきていた。
最後に別れた時よりも彼はひどく不機嫌そうな表情を浮かべていて、少しだけ怖くなる。
冷たさよりも鋭さが勝っているその瞳を見ないように尋ねても、彼は私に視線をやるだけで答えてはくれなかった。


「……何か、怒ってる……?」


顔色を窺うように呟けば、彼の不機嫌な表情が暗い色を増した。


「そうやって人の顔色ばっかり窺って生きてきたんだろ。馬鹿だね。君は君らしくしてればいいのに」


突き刺さるような言葉を受けて、私は息を詰まらせた。
言い返したいけれど、それはれっきとした事実で、何も言い返すことはできない。
どうしてか、曖昧に笑みを浮かべてしまう自分を情けなく思いながら、じっと彼を見返した。
そんな私をしばらく睨み付けてから、彼はため息を一つつく。


「蓮二の事が気になるの?」
「……幽霊、なんでしょう? 壁から出てきたし……」
「そうだよ。あいつも俺と同じ、この学校に住む幽霊。本人が言ってたけど、図書館が居場所と決まってる」
「……決まってるんだ……」
「そうだよ。学校に七不思議ってあるだろう? 内容が全然違うときもあるけど、ああやって噂が立つ場所には大抵幽霊がいるんだよ」


ぽつぽつと語ってくれる彼と向き合うように腰を下ろして、私は静かに言葉を待った。
不機嫌そうな表情は変わらないものの、彼は少しずつ話を進めてくれる。


「大体の幽霊は人間を驚かせるために存在してる。だからこそ、七不思議みたいなものができるんだけどね。人間はよく霊感っていうけど、別に霊感なんてなくたって人間を驚かせるための幽霊がいる場所に行けば、幽霊を見ることができるんだよ」
「……私が幸村君を会えたのも、ここが幸村君の居場所だから……?」
「違う」
「……え?……」


先ほどの話を聞く限りでは、そういうことになるような気がするのだけれど。
私には霊感なんてないはずだから、そうじゃないとすればどうして精市が見るのだろう。


「俺は人を驚かせるための幽霊じゃないからね。だから、ここに来たって俺の姿を見ることができる人間はいないよ。霊感があっても、多分無理だ」
「……じゃあ、どうして……?」


当然の私に問いに、彼は答えなかった。
遠くでざわめきが響く中、沈黙が埃っぽい廊下に降り立つ。
ため息のような声を吐いて、彼は言葉を継いだ。


「蓮二は他の幽霊たちの所へ行ってることが多いから、あまり図書館では見かけないだろうけど。一応、図書館の七不思議もあるんじゃないかな」
「……そう、なんだ……」


なんとなく釈然としない気持ちで頷けば、彼は唐突に浮かび上がった。
半透明に透ける姿が天井近くに漂い、そこから言葉が落ちてくる。


「人が来る」
「……え?……」


呆けたまま彼を見上げれば、ふいに背後から足音が響いてきた。
慌てて立ち上がって、意味もなく荷物を身体の前で抱えて身構える。


「おや、こんな所で何をしてるんだい?」


廊下を曲がって現れたのは、警備員のおじさんだった。
下校時間を過ぎた校舎の中を見回っていたのだろう。
咄嗟に返事に困り、ちらりと天井近くの彼を見上げたけれど、彼は私を見てはいなかった。

冷たい瞳。
あまりにも凍てついた蒼い目が、じっと警備員のおじさんを睨み付けている。
その冷たさは、先ほどまでの彼からは想像もできないほど激しいもので。

ぞくりと、冷たいものが背筋を走った。


「……あ、の……落としもの、を……」
「こんな所で? 何を落としたんだい?」
「……い、え……いいんです……」
「あ、ちょっと君!」


胡乱げな表情を浮かべる警備員の視線に耐えきれずに、荷物を抱えて走って逃げる。
呼び止められたけれど、足を止める気はなかった。

彼の言うとおり、あの人には彼の姿が見えていなかった。
もしも見えていたのなら、天井に漂う彼の姿に驚くだろう。
そしておそらくは、あの瞳が浮かべていた冷たい光を恐れるに違いない。

それほどまでに、彼の瞳は殺気じみた色をしていた。


廊下をひすたら駆けて、息が切れた所で立ち止る。
振り返って警備員のおじさんがいない事を確認してから、ほっと息をついた。

そのあとで、彼の瞳の冷たさを思い出して身震いする。
夕闇に染まる廊下を見つめながら、二の腕ごと自分を抱きしめるように身を縮めた。

彼は、自分の事を驚かせるための幽霊ではないと言った。
ならば、彼はどうしてあの廊下にいるのだろう。





「幸村が人間と話を?」
「あぁ。俺が見た所、普通の人間だった」
「何故、幸村が見えるのだ」
「不明だ」
「お前に分からないことがあるのか、蓮二」
「俺にだって分からないことくらいある。特に精市に関しては」
「……そうか」
「仮定の話になるが……もしも精市の恨みが消えたのだとすれば、それはおそらく喜ばしいことだろう」
「ああ」
「しかし、もしも恨みが消えていないのなら……」
「…………」
「おそらく、あの少女は死んでしまうのだろうな」


ぽつりと呟かれた言葉が反響する。
それに対する返事がないままに、ふっと二つの気配が掻き消えた。



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