どれだけ未来を想像しても、きっと真実を知らない私には何もできない。
どんなに彼を助けたいと願っても、人間と幽霊の差が私たちを引き離すだろう。



仁王の言葉を聞いて、辛うじて掴んだ希望を何度も何度も反芻して一晩を過ごした。
そのおかげで寝不足だったけれど、神経が高ぶっているせいか眠気に襲われることもなく、恙なく一日を過ごす事が出来た。

そして、放課後。人気のない廊下で、私は和室の入り口を見つめている。
この先に真田がいるだろうか。果たして私は、真田を見る事が出来るのだろうか。
そんな不安がひっそりと頭をもたげているけれど、ここまで来て考え込んでも仕方がない。

一つ深呼吸して手を伸ばす。震える手で襖の取っ手に指を入れ、一度息をつめてからそっと開く。
いつもと変わらない殺風景の和室が目の前に広がり、それに落胆する間もなく昨日感じた違和感が全身を包み込んだ。
反射的に目を閉ざし、そして開けば、和室の真ん中に真田の黒い影が鎮座していた。


「……さな、だ……」
「よく来た、莉那。この数日間、心配をかけたようだ」
「……真田、わた、し……私、枷が……っ!」
「うむ、分かっている。それについて、そして幸村について、説明しようと思いお前を呼んだのだ」


見慣れた厳格なる七不思議。その姿を見ると、どうしてか安堵の気持ちが心に広がっていく。
黒い瞳には疲労と悲しみの色が宿り、時折響く鈴の音もまた力なくか細い音を立てていた。

ふと視線を感じて辺りを見回せば、宝石のようにきらきらと輝く緑色の目をした少年が和室の片隅に浮かんでいた。
その瞳と目が合った瞬間、殺気のような冷たい気配が辺りに漂った。緑が時折赤に染まり、それに応じてその気配が膨らんでいく。


「赤也、力を収めろ。莉那は俺たちの為に……」
「分かってますって!」


赤也という言葉には聞き覚えがあった。
彼の枷になる時、柳が言った言葉。私の知らない、最後の七不思議。


「……七不思議……」
「そうだ、赤也が最後の七不思議。……最早こうなってしまえば、封印など意味はないだろう。赤也は旧校舎の階段に設置されている鏡の中の悪魔。鏡という裏の世界を封じる存在だった」
「……だった……?」
「幸村の封印が弾けかけた時、その反動で鏡の世界から弾き飛ばされた。それ以来、鏡の世界に戻る術を失い、現世に留まっていたのだ」


苦々しい口調でそう言ってから、真田が和服の袂から短刀のようなものを取り出す。その柄には鈴が繋がっていて、揺れる度に音を立てた。
赤也の方を一度見やってから、真田がそれを床に突き立てる。見た目の変化はなかったけれど、部屋の空気が流れることを止めて静止したような印象を受けた。


「この部屋では俺と赤也の力で狭間を開いている。さらにこの短刀で場を固定した。しばらくの間は狭間を開きつづける事が出来るだろう。その間に、お前に話さねばならぬ事がある」
「……真田、幸村君は……」
「順を追って話そう。まずはそこに座れ」


示された畳の上には座布団が置かれていた。緊張で痛む心臓を押さえてそこに腰を下ろす。
それに応じて真田も畳の上に正座をし、私と向かい合った。

現世から切り離された狭間。その静かなる空間に、真田の声が満ちた。







「まずは、何故お前が七不思議を見る事ができなくなったのか、それから話そう。今は故在って蓮二がおらぬ。よって、これはあくまで俺たちの推測だ。事情を鑑みるに真実には近いと思うが、はっきりと断言はできぬ。それをあらかじめ分かってくれ」
「霊力を持たぬ人間ならば捉える事が出来ぬ筈の七不思議たちを、場の内外、怪異としての存在であるかどうかを選ばず、お前の目ははっきりと捉えてきた。それは本来ならばあり得ぬ事、不可能に近い事だ。さらに言えば、どんな人間の目にも映らぬ筈の幸村までもを、お前は見る事が出来た。……幸村は人間を憎むことを望んでおらぬ。封印によって力を封じられ、だがそれでも人間を見れば抑えきれぬ恨みが現世を犯す。それを防ぐため、そして何より人を傷つけぬ為に幸村はあの廊下で一人の時間を過ごした。稀に人間が近づく事もあったが、そういう時は別の場所に移動していたようだ。あれだけの力を持った幸村が望んで人間から姿を隠せば、どんな力を持った人間でもその姿は捕えられぬ」
「その幸村を目で捉え、尚且つその傍に留まる事が出来た。そして、特異な程に強い目で七不思議を捉えるようになった。……さらに言えば、幸村が自ら枷を外し異界へ消えた後、お前の目はその力を失った。この全てを纏めれば、結論は一つしかない。莉那、お前には幽霊を見る力はなかった。だが、幸村が望んでお前の前に姿を顕した事により、その力に引きずられて現世に在らざる者達を見るようになった。そして、幸村が枷を外して消えた事でその力が失われたのだ」
「狭間という空間は、元々人間と幽霊が共に存在できる場所だ。だからこそ、この中ではお前と話をすることができる。この空間を出れば、お前はまた七不思議を見る事が出来なくなるだろう。お前が普通の人間であることの何よりの証だ」

「次は幸村についてだが……先程言ったように幸村は自ら枷を外し、異界へと消えた。その前に俺が話をしたが、幸村を止める事が出来なかった。幸村の鬼化はお前が嵌めた絆の枷によって抑えられていたが、幸村の力があまりにも強すぎた。枷を嵌めてもなお、徐々に近づいてくる異界の闇。それが活性化し、夜の学校は七不思議の場以外の殆どが闇に犯された状態になっていたのだ。おそらく、誰よりも早く幸村はそれに気づいていた。枷だけでは自分の力を抑え込む事が出来ぬこと、自分の力のせいで学校という空間が闇に支配されつつある事を」
「元より、俺たちも枷だけで全てを終わらせる気はなかった。お前の枷は絆だ。幸村の力を完全に抑える事が出来ても、お前がこの学校を卒業してしまえば枷を嵌め続ける事は出来ぬ。だからこそ、代わりになる封印を探したのだが……結局、それを見つける事は出来なかった。幸村自身、代わりとなる封印が見つからない事を予想していたのだろう」
「どの段階で幸村が覚悟を決めたのかは分からぬ。生半可な覚悟ではなかった筈だ。……自分が鬼化することを避けられると悟った幸村は、現世を闇で犯さぬ為に自ら異界へと堕ちた。幽霊が鬼化すれば、現世が穢れる。もし鬼化する瞬間、身近に幽霊がいればそれを共に引きずり込む。それを厭っての行動だろう。そして―――鬼化する時に枷が嵌まっていれば、枷を嵌めたお前をも引きずり込んでしまう。だからこそ、幸村は異界へ向かう前に枷を外したのだ」

「幸村が今、異界でどんな状況なのかは分からぬ。あれだけの力を持っているのだから、おそらくは鬼化する自分を押さえる為に力を注いでいる筈だ。だが、それがどこまで通用するかは分からぬ。もしかすると、既に鬼に堕ちているかも知れぬ」
「幸村がお前に何も言わなかったのは……予想でしかないが、これ以上お前を巻き込む事を、傷つける事を恐れての事だ。幸村の事を想うお前がその話を聞けば、どうあっても幸村を助けようとするだろう。その過程でお前が闇に傷つけられぬ保証はない。現世の昼間にまで湧き出すようになっていた闇は、明らかに異界を捉えるお前を放ってはおかぬ。だからこそ―――幸村はお前に全てを隠しまま、お前を守って異界へと消えたのだ」
「決して、お前を責めている訳ではない。だが、幸村の意思を伝えるのが俺たちの責務だ。幸村はお前を想い、異界へ向かった。お前を厭って枷を外したのではない。だから、頼む。幸村を恨まないでくれ」




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