「はああぁ!? じゃあ、俺以外の七不思議って全員見つかっちゃってるんですか!?」
「その通りだ。よって、封印として成り立っているのはお前だけだが……こうして鏡の世界から出てしまっている所を見ると、既に封印自体が無効になっている可能性もある」
「……やはり、そうか」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。じゃあ、幸村部長は……」
「言っただろう、今の精市には枷がある。すぐに鬼化が始まる事はない」


はぁ、と心の底から安堵の息を吐き出す後輩を見つめ、柳が静かに傍らの影を見やる。
いくら枷があるからと言って、それがいつまでもあの恐ろしい力を抑えておけるとは限らない。万が一の時の事を考えて、次の策を練る必要があった。

難しげな顔をして悩む真田は、おもむろに口を開いた。


「赤也、なるべく早く向こう側へ戻れ。まだ人間に見つかっていないお前なら、向こう側へ戻れれば封印と為れるだろう」
「そりゃそうでしょうけど、俺だって必死に戻ろうとしたんすよ!? でも、どの鏡にも入れないんです……」
「七不思議があの場所を指す以上、それ以外の場所からは出入りできないと考えても良いだろう。代替できる鏡をあの場所に設置すれば、戻れるかもしれないが……」
「代替できる鏡など存在するのか?」
「霊鏡の代わりは同じものにしか務まらない。だが、この学校の中に霊鏡はない」


きっぱりと言い切る柳を見つめて、赤也ががっくりと肩を落とす。
こちらの世界の事を良く知っている柳がないと言うのだから本当にないのだろう。ならばもうどうする手段も無い。


「じゃあ、もしもの話ですけど……幸村部長の枷が外れたらどうなるんですか? もう封印はないし、枷までなくなったら……」
「鬼化が始まるだろうな。結局、精市の恨みは消えていないのだから」
「枷が外れぬ事を祈って、どうにか赤也を向こう側へ戻すしかあるまい」
「てか、その枷ってどれくらいもちそうなんですか? ただの人間なんでしょ?」
「枷が外れる条件が揃えば、いくらでも外せるような枷だ。そもそもの枷の種類があまりにも悪すぎる」
「枷の種類……ってなんですか?」
「枷となる方法によって、種類――つまり意味合いが変わってくる。あの枷は愚かにも絆を選んだ」


淡々と紡がれる言葉を聞きながら、赤也が難しげな顔をして首を捻る。枷についての話が理解できないのだろう。
それについての説明をしようとはせず、柳が何かを思案するように目を閉ざした。


「赤也、しばらくは俺の和室に隠れていろ。俺と蓮二は霊鏡を探す」
「えー、丸井先輩とかの所にいたいんですけど……」
「丸井と莉那は友人だ。そんな所にいればいつ見つかるかわからんぞ」
「幽霊と友達になれる人間っておかしくないっすか? それってもう――……」
「赤也」


ひんやりと冷気を漂わせる一言。黒い瞳を薄く開いて、柳が赤也を見やる。
ゆらりとその周囲で黒い闇が揺れたような気がして、ぞっとするものが背筋を過ぎった。


「……和室に、行きます……」


怯えの色を緑色の瞳に浮かべて、小柄な影が図書室を飛び出していく。
図書室に残された二人の周囲で闇が蠢き、柳の手の一振りで本の隙間へと戻った。


「霊鏡を探すと言ったが、あてでもあるのか?」
「ない。だが、ああでも言わなければ赤也も納得しないだろう」
「あるとすれば、この世界の外側だ。俺たちに世界を行き来する力はない。それを理解しているのか、弦一郎?」


それに対する答えは沈黙。
いつになく硬い表情で柳を見やった真田は、冷え冷えとした無表情を貫く柳に問う。


「莉那は絆を選んだ訳ではない。絆にしかなれなかったのだ。それを知った上で、その選択を詰るのか?」
「……いつ、俺があの人間を詰ったか説明してもらおうか」
「その気がないのなら、俺の勘違いだ。だが――やけにあの人間に対して否定的なのだな」


返事はなく、ただ時折隙間から漏れだす闇が真田の視界に映り込む。
ちりんと鈴を鳴らせば、闇が応えるように揺れた。

しばらく感情を伺わせない瞳で向かい合った二人は、どちらともなく視線を外し、それに伴って闇が霧散する。


「―――世界を行き来する方法は限りなく0に近い。だが、できる限りの手を打つとしよう」


呟くように言葉を吐いて、柳が傍にあった書架へと近づいた。無造作に一冊の本を抜き取り、空いた隙間に吸い込まれるようにして消えていく。
それを見送ってから真田は身を翻し、最後にちりんと鈴の音を響かせて宙に溶ける。

鈴の余韻が消えると、そこには至って平和な日常だけが取り残された。







心臓の鼓動のように響く音がある。

目を閉じても、耳を塞いでも。
浮かぶ景色と聞こえる声。

何もかもがいつまでも鮮明に、ここにある。
いくら逃れようとしても、逃げられない。
いつまでも追いかけてくる、それは悪夢だ。



憎め、と誰かが言う。
恨め、と何かが囁く。

憎め、恨め、そうすれば。
誰よりも強い力を。

強い力が手に入れば。
その時こそ、復讐を。



痛みが、苦しみが蘇る。

その先の結末は良く知っている。
何度も繰り返して見ているから。

目を閉じても、耳を塞いでも。
逃げられない。逃れられない。
いつまでも、そこにある悪夢。



泣きじゃくる声が聞こえる。
か細い声で何かを告げる声。

けれどもそれは決して耳には届かない。


最早、全てが遅い。

けれど、全てを壊すくらいなら。







「枷、というものにはいくつか種類があるのです」
「……種類……じゃあ、同じ枷でも違うものなの……?」
「どう説明すれば良いのでしょうか……枷の意味が違う、とでも言えば分かりやすいかもしれません」


穏やかな笑みを浮かべて、柳生が思案するように首を捻った。

夕日が差し込む教室の中で、私たちは椅子に腰かけて向かい合っている。
柳生とこうして幽霊についての話をするのは久々で、私はようやく気になっていた枷について聞くことができた。

なり方を知らなかった私がどうして枷になれたのか。
本来なら彼の場所へ行く前に聞くべきだったのだろうけど、その事については考えても遅い。結果として枷となることができたのだから、あまり気にしても仕方がないだろう。


「枷になるには三つの方法があります。一つ目は鎖。絶大な霊力によって霊を縛り付け、使役と化すのです。力による支配と制御ですから、絶対的な主従関係が生まれます。霊は望まずとも枷に命じられれば力を使うしかないのです。霊力のある人は大体がこの方法を選びますね」
「……縛り付ける、って……それは幽霊は苦しくないの……?」
「真綿で全身を抑え込まれているような感覚でしょうか。苦しくはありませんが、枷の力が弱まらない限り枷を外すことができませんから、不自由ではありますね。人間に従う事を良しとしない霊ですと、かなり暴れることもあるようです。――そして、二つ目が契約です」
「……それも霊力が必要……?」
「ええ。しかし、鎖と違ってそこまで強大な力がなくとも構いません。枷を嵌めたい霊と同じか、多少強い方が望ましいでしょう。人間と霊が対等な立場に立ち、お互いの利害を一致させる事によって契約を結ぶのです。人間は霊を使役する力を持ち、霊は人間の霊力を得る事が出来ます。ただ、契約には複雑な手順がありまして、用意するものも多いのであまり実用的ではありませんね。咄嗟の場合には不可能に近い方法です」
「……手順って……?」
「契約は儀式のようなもので、場所と時間、さらには契約する霊と人間を繋ぐものが必要になります。それを目印に霊と人間はお互いを認識するのです」


ならば、と考える。
今の話を聞く限り、二つの方法は私にはできそうにない。私が枷となったのは、おそらく三番目の方法だ。


「三番目の方法ですが……これで枷となった例は非常に稀です」
「……そう、なの……?」
「はい。三番目の枷は絆です。これは人間と霊との間にある絆、例えば関係性や互いへ向ける思いなどを利用して枷となす方法です。鎖や契約と違い、この方法には霊力は必要ありません。お互いがお互いを認め、思いやる心が必要になります」
「……霊力がいらないのに、あんまり使われないの……?」
「そもそも、霊を認識するために霊力が必要ですから、普通ならいくらかの力を持っているものです。貴女の場合は多少特殊で、霊力がないために絆の方法を取るしかなかったのですよ。大抵の場合、霊が人間を認めることがありませんから、そう言った意味でも貴重な例でしょうね。ただ……」


一瞬言いよどみ、柳生が視線を窓の外に走らせる。
困ったようなその表情が、どこか悲しげな色を帯びていた。


「絆という方法は、枷の中で最も脆いものなんです」
「……脆い……?」
「絆はあくまで、霊と人間がお互いを認め、受け入れる事で成立する方法です。どちらかの心が変わってしまえば、その条件を満たさなくなり枷となりえなくなります。一方的に霊が人間を拒否した場合や人間が霊への気持ちを失ってしまっても同様です。そもそも、霊力を持たない人間が霊を縛るという形ではなく、これは霊が人間を受け入れ、枷を嵌める事を了承する方法なのです」
「……じゃあ私、幸村君が受け入れてくれたから無事だったんだね……」


彼を庇って、彼の為に枷になったつもりでいたけれど、あの時彼が私を拒絶して枷を望まなければ、私はあそこで死んでしまっていたかもしれない。
穏やかな柳生の顔を見つめて、思わず身震いした。一歩間違えば自分が死んでいた、という状況はあまり嬉しいものではない。


「莉那さん、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「……どうぞ……?」
「例えば、の話になるのですか……もしも、枷になる方法を知っていたとして。その危険性を知っていたとして。貴女はそれでも、幸村君の枷になる事を望みましたか?」
「……え……」
「一歩間違えば自分の命が失われるかもしれない。幸村君が何を望むかは彼本人にしか分かりません。自分を受け入れてくれるかどうか分からない。その状況だったとしたら、貴女は何を選択しましたか?」


突然の質問に頭がついていかない。
いつものように、静かに穏やかに微笑む柳生を見つめて、私はただ沈黙することしかできなかった。




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