漆黒の世界の中で、幼子が膝を抱えて泣いている。
しゃくりあげる声が延々と続き、けれども幼子に伸ばされる手はない。
誰もが遠巻きに幼子を見つめ、ひそやかに笑みを交わして野次を飛ばした。
その度に幼子は身を震わせて、少しずつ泣き声が大きくなっていく。



子供の発した言葉に皆がけたたましい笑い声を上げた。
あからさまに指を差され、嘲笑に近い声を浴びせられて、子供はほろりと涙を零す。
それを見てはやし立てる誰かの声に、子供は悲しそうに俯いた。



少女がそこにいるという事に、一体何人の人間が気づいているだろう。
誰からも視線を向けられることなく、声をかけられることはなく。
少女はただ世界の片隅に立ち尽くしている。
光を見つける事さえできないままに、少女はただ世界に取り残されていた。



自分の都合の良い所ばかりを見ていた。
初めてできた友達と、たくさんのぬくもり。それを得ることができた自分が、まるで世界に認められたような気がして。
だから、見たくないものは見ていなかった。

例えば、それは制限時間つきのぬくもりだという事。
例えば、そのぬくもりを認識できるのは自分だけだという事。

独りよがりの幻想を抱いているだけの子供から、私は少しも成長していなかった。



ようやく手にいれたぬくもりが闇に呑まれて消えていく。ずるりと何もかもが溶け出して、私が私ではなくなっていく。
抗う事も出来ずにそれをただ感じていると、ふいに冷たい声が聞こえたような気がした。


『友達になってあげる』


蒼い輝きが脳裏に過ぎる。
冷たくて、鋭くて、どこか痛くて悲しい光。
それは一人ぼっちだった私にぬくもりを教えてくれた。
ただ、それだけだった。そして、それが全てだった。


消えて欲しくない。失いたくなんてない。
結局私は一人ぼっちで、何一つ世界が暖かくなんてないのだとしても。
それでも、私は彼に会いたい。


闇の中で光が瞬くように、蒼い輝きが世界を包み込んだ。







「何故、邪魔をした」


あれだけ溢れ返っていた闇が消え去った廊下に、無力な人間が一人倒れていた。
闇に呑まれ、その存在全てが消える筈だった人間が、そこに存在していた。

ちりん、と鈴が軽やかな音を立て、低い返答が響く。


「人間を襲うなどお前らしくもないぞ、蓮二」
「分かっているのだろう、この人間が七不思議全てを見つければどうなるのか」
「最低限の事は分かっているさ」
「ならば何故止めた」
「俺は何もしていない」
「なんだと?」
「ただ見ていただけだ。干渉はしていない。その人間は自分の力で闇から出てきたのだろう」
「そんな事がっ……!」
「あるいは―――幸村かも知れぬ」
「……っ!」


ぽつりと呟かれた言葉に柳が息を飲み、ふっと彼がいるであろう方向を見やる。
蒼い瞳を輝かせて、冷たく世界を睨む彼の姿がありありと浮かび上がったような気がした。


「……少し時が経てば、俺もその人間と話をしようと思う」
「なんだと? 何を考えているんだ」
「俺が見つかっても、赤也がいる。赤也が見つかることはなかろう」
「もしも見つかったらどうする」
「蓮二、見つかる確率は何%だ?」
「………………」
「ならば構うまい。少し興味が湧いた。ただ、それだけだ」


低い声でそう告げて、影がゆらりと踵を返した。その背中を殺気じみた瞳で見つめて、柳が言葉を吐き捨てる。


「そのもしもがあった時、お前はどうするつもりだ。俺たちが決死の思いで全てを捨てて築いたこの世界が全て無に帰す。それを受け入れるのか」
「……長い時の中で、幸村は何を思ったと思う」
「なんだと?」
「俺たちはまだいい。望んでここに留まったようなものだ。だが、幸村は違うだろう」
「だからこそ、俺たちは七不思議となった。違うか?」
「……そうだった、な」


ぽつりと言葉を零すように漏らし、ちりんと鈴を鳴らして影が振り向く。
どこか疲れたような眼差しが柳を映せば、否応なく激しい輝きを宿す己の瞳と向かい合うことになった。


「何故、今になって全てを投げだそうとする。封印として留まり続ける事に飽きたのか」
「幸村が誰かを信じられるのなら、それが人間でも俺は構わぬ。憎しみだけを抱いて永遠に等しい時を生きるのはあまりにも虚しいものだろう」
「精市が鬼に堕ちるのをむざむざと見過ごすつもりか!」


いんいんと残響が廊下に響き渡り、廊下に横たわったままの少女の身体が身じろいだ。
それをちらりと眺め、影が柳に背を向けた。そのまま空気中に溶けるように薄れていく影に向けて、柳が言葉を投げかける。


「弦一郎、一つ仮定の話をする」
「……なんだ」
「もしも、の話だ。精市が堕ちるとことまで堕ちてしまったら、お前はどうする」
「………………」
「お前はその人間に思いをかけているようだが、もしもその人間が引き金となって均衡が崩れ、戻れない所まで精市が堕ちてしまったら、お前はどうするんだ」


言外にその覚悟はあるか、と問うように柳が尋ねる。
半ばその姿を空中に溶かしたまま、影が答えた。


「……分からぬ。今の俺では想像もできぬ……蓮二はどうするのだ」


問い返されたそれに、柳は応えない。
影も返答を求めてはいなかったのか、そのまま透けるように消えた。
残された柳が倒れたままの少女を一瞥し、影を追いかけるように空気中に溶けて消えた。




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