友達をうまく作れない人間にとって、グループワークというものはただの居心地の悪い時間でしかない。
自由にグループを作りなさいと言われても一緒にやりたい誰かもいないし、むしろどこにも入れないまま、最終的に人数の足りないグループに入れてもらうことになってしまう。

その時注がれる、ひどく冷たい視線が心に痛い。
仲の良い友達だけで楽しくグループワークをしようと思っていたのに、何故だかそこに入り込んできた異分子。
邪魔をされたという思いが苛立ちに変わるのに時間はかからない。
申し訳ない思いだけが募り、けれどもどうする事も出来ずに私は授業の時間を俯いたまま過ごす。

授業が終わってしまえば、皆覚えてなどいないのだ。
グループの中にいた、誰とも会話をしない暗いクラスメイトの事なんて。


「……では、今日はこの地方特有の郷土料理を作ります」


いつも通りの居心地の悪さと申し訳なさで押しつぶされそうになっていると、いつの間にか先生の説明が始まっていた。
調理実習向けの簡単なメニューではない郷土料理は手順の複雑さが目立った。全員で協力する事の大切さを学ばせる目的もあるのだろう。

今回のグループは出席番号順で決めたからか、他のメンバーからの痛い視線は感じない。
時折注がれるのは、クラスメイトにこんな人いたかな、というような不思議そうな視線だ。
けれど、俯いたまま目を合わせなければ、それもすぐになくなった。隣り合う友達同士で話をしながらそれぞれ作業にとりかかっている。

それをぼんやりと眺めてから、ようやく自分も作業をしなくてはならないことを思い出した。
慌てて手元にある包丁を握りなおし、並べられた材料の中から必要なものを選び出す。手順を一つずつ追いかけながら作業を進め、これ以上の迷惑をかけない様に気を付ける。

一通りの作業が終わって準備が整えば、後は鍋に入れて煮込むだけだ。煮込み時間の間は交代で鍋を混ぜることになっていたが、料理好きの子がやりたいと希望した為、その子に煮込みを一任することになった。

手持無沙汰な時間、他の皆はグループを移動して友達と仲良く話をしているけれど、私はじっと席に座りこんだままだった。
教科書を眺めながらただただ無為に時間を潰すだけ。一生懸命に料理の具合を見ている子が時々私を見たけれど、見返す事は出来なかった。
美味しそうな匂いがして鍋を覗いてみたかったけれど、嫌がられたらと思うとどうして身体が動かない。

そうやって俯いたままでいると、不意に肩に手を置かれて飛び上がりそうになった。
慌てて振り返れば、先ほどまで他のグループを見回っていたはずの先生がにこにこと笑いながら立っていた。


「このグループは二人で当番しているの?」
「……いえ、私は……」
「あら、もしかして暇な人だったりするのかな?」


鍋にとりついている子を見やれば、彼女は真剣な顔で味付けをしているところだった。
なんとなく、そちらを眺めながら小さく頷く。それを見て、先生は顔を輝かせながら私の手を引いた。


「じゃあね、申し訳ないんだけど、これを向こうの準備室に片付けてくれるかな? 誰かもう一人か二人に頼もうと思ってるから、ゆっくりで良いし」
「……あ、私一人で……できると、思います……」
「え、でも結構量あるよ?」
「……大丈夫、です……」


量がある、というのは嘘ではないけれど、細々とした器具がバットに入っているだけで、重いものでもない。誰かと無言で作業するよりは、一人でやった方が気楽なのは目に見えていた。
先生は悩むように首を傾げていたけれど、途中で煮込みが難航しているグループに呼ばれ、慌てて走って行った。

それを見送ってから、バットを抱えて隣の部屋―――準備室へと足を進める。準備室に入った事はないけれど、そこにあるという事は知っていた。調理に使う道具を保管する場所だ。
扉を開けて中に入ってみると、予想していたよりも薄暗い部屋が目に飛び込んできた。壁一面に棚が並び、種類別に大量の器具が並べられている。
扉を閉めると一瞬で実習室の喧騒が遠くなり、静かな空間が出来上がった。

バットを適当な棚に置いて、一つずつ元の場所に返していく。どこに何があるかを探すのに時間がかかるけれど、そんなに大変な作業という訳ではなかった。

あの喧噪の中で一人置かれるよりは、ずっとましだ。

そんな事を思いながらピーラーを棚に戻そうと手を伸ばした瞬間、背後で何かが落ちるような音がした。
戻した物が落ちたのかと思って振り向いたけれど、床や棚の上には何も落ちていない。一応周りを見たけれど、特に何も見つからなかった。


「……空耳……?」


にしては、やけにはっきりとした音で聞こえたけれど。

首を傾げながら作業に戻り、ピーラーを棚に戻す。
次に匙を違う棚に戻そうと身体の向きを変えた時、先ほどと同じ音が響いた。

思わず手を止め、ゆっくりと辺りを見回す。
けれども、先程と同じで特に変わった事は―――――。


「……あれ……?」


変わった事、ではないかもしれないけれど。
むしろ、それ以上の衝撃的な事態なのだろうけれど。
あまりに非現実的過ぎて、頭が目の前の事態についていかない。


振り返った先、薄暗い準備室の隅で。
窓からの光を反射させながら、数本の包丁が宙に浮かんでいた。


「……な、に……」


包丁の刃先は全てこちらを向いていて、本能的に危険を悟る。
その先から逃げようと準備室の奥へ逃げ込めば、包丁が宙を滑って追いかけてくる。
隅に追い詰められて振り向けば、数メートルの位置で包丁が浮かんで静止していた。片手に握ったままだった匙を抱きしめながら、じっとそれを凝視する。
見れば見るほどに、刃先の鋭さが増すような気がして、けれども視線を逸らせない。

ゆらりと包丁が揺れ、空中を漂いながら少しずつ近づいてくる。
あまりの事態に腰が抜けて、ふらふらとその場に座り込んだ。声を上げれば隣の実習室に届くだろうけれど、委縮した喉は掠れた声しか出してくれなかった。

おそらく、幽霊なのだろう。
柳や柳生、仁王と同じ七不思議のひとつなのだろうけれど、これまでに比べて危険過ぎる。
柳の闇は怖かったし、仁王の階段は痛かったけれど、この包丁ほど危険性は感じなかった。


「……七不思議、なんでしょ……?」


勇気と声を絞り出し、包丁に見降ろされながら声をかける。
包丁が返事をすることはないだろうけれど、包丁を操っている幽霊がいるはずだ。姿はどこにもないけれど、声くらいは届くだろう。

ぶるぶると全身が震え、冷や汗がじっとりと背中を濡らす。
それを感じながら包丁だけを見つめていると、不意に哄笑が響いた。
どこか無邪気な子供を感じさせる声が、あまりにも不吉な響きで笑っている。

ぴたりとその声が止み、静けさが戻った瞬間、静止していた包丁が唐突に動いた。
一斉に飛んでくる包丁を見ながら、意味もなく両手で頭を庇う。

どんと鈍い音を立てて、包丁の刃先が勢いよく突き刺さった。




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