薄暗い闇の中で、蒼い瞳が獣じみた光を宿して輝いていた。
喉の奥から絞り出したかのような唸り声が辺りに響き、いんいんと壁に反響して幾重にも渦巻く。

ぞっとするほど、其処は寒かった。
両手で身体を抱きしめて、それでもなおがたがたと全身が震える。自分の意志ではどうしようもない生理現象が、その場の気温の低さを証明していた。

そうやって惨めに震えながら、滲み出てくる涙を拭って蒼い光を見つめていた。
どうしてそこに蒼い瞳があるのかは分からない。けれど、目を離してはならないと、頭のどこかで警鐘が響いている。
見つめていなくてはならない。この先、この瞳がどんなことになろうとも。

ふいに、蒼い瞳が歪み、唸り声が吠える様な響きに変わった。
おぉう、おぉぅ。何度も何度も響く声は、聞いているだけで胸が痛くなるほど悲痛な響きを秘めていた。
聞いているのが苦しくなって、耳を塞ぐ。
それでも、目だけは閉じずにじっと蒼い瞳を見つめていた。

びりびりと空気が震え、大音量で響く咆哮が徐々に苦しげにかすれていく。
それでもどうすることもできずにじっと震えていると、不意に蒼い色が消えた。
それまでその光があった場所には、不気味な闇が蠢くだけ。漆黒の靄が、じわりじわりと染み出し、辺りの闇を濃くしていく。
ゆらゆらと揺れる闇が私を取り囲むように広がり、そしてその輪を狭め始める。嬲るかのように、いやに遅いその動きに対して、私にできることはただ一つ。

あの蒼い光を探すのだ。
どこまでも気高く美しかった筈のあの蒼を見つけて、そして告げなくてはならない。

そこまで考えて、ようやく思い出した。
どうして、こんなにも寒いのか。それは何も、この場所のせいだけではない。
元々、私は…………。

だからこそ、言わなくてはならないのだ。
あの瞳に、あの蒼に。怯えた子供のように泣く、あの人に。







目を開くと、見慣れた天井が視界一杯に広がっていた。
しばらくの間、何がどうなっているのか理解できずに、呆然と天井を見上げる。たっぷり数分はそうしていた後で、どうしてこんな事になっているのかを思い出した。
ゆっくりと視線を階段の上に向けたけれど、そこに人影はない。授業中故の静かな廊下が広がっているだけだ。

おそらく、あの派手な生徒に押されたのだろう。
背中にまだ生々しい感触が残っているような気がするし、何よりも最後の見た時に階段の上に立っていた。

のろのろと起き上がろうと身体に力を込めた瞬間、背中に痛みが走って思わず呻き声を上げた。
階段をどういう風に転げ落ちたのかは記憶にないが、おそらく背中を強打したのだろう。鏡に映せば痣ができているに違いない。
そんな事を考えながら、背中を刺激しないように起き上がる。周りを見回せば、手に持っていた筈の教材たちが床に散らばっていた。


「……い、たいなぁ……」


目を覚ました衝撃から逸脱すれば、否応なしに痛みが頭を埋め尽くす。
ずきんずきんと痛む身体を労わりながら廊下に壁にもたれかかった。その場に横になった方が楽かもしれないけれど、気絶していた時に横になっていたとはいえ、廊下の床に寝転ぶのは抵抗がある。

痛みを逃すために浅い呼吸をしながら、身体に異常がないか確認する。
背中の痛みはひどいけれど、きっと骨折はしていないだろう。息苦しくもなければ、頭を打ったような感じもない。
自己判断だけでは分からない所もあるだろうけれど、血が出ている個所もないし、とりあえずは動けそうだ。

そう結論を出して、じりじりと立ち上がろうと努力していた時だった。


「おや、どうされましたか?」


ふいに響いた声に体を震わせると、痛みが走って自然とうめき声が出てしまう。
いつの間にか階段の踊り場の隅に見知らぬ生徒が立っていた。
栗色の髪と、冷たく輝く眼鏡。きっちりと制服を着こなしたその立ち姿は、ひどく凛々しい。


「……階段から、落ちて……」
「それは大変ですね。怪我はありませんか?」
「……多分。ちょっと、背中が痛いくらいです……」
「そう思い込んではいけませんよ。知らないうちに頭を打っていることもありますからね」


穏やかな口調でそう告げる彼が、ゆっくりと近づいてくる。
気遣うような口調と表情だったけれど、何故だか彼を見ていると背筋に冷たいものが走った。
じりじりと少しずつ身体が後ろに引く。元々の場所が壁際で、下がる場所なんてほとんどないのだけれど。

一瞬、先程の銀髪の彼が思い浮かんだ。
ひどく不思議そうに私を見つめていたあの顔と、目の前で柔らかく微笑む顔。
全く違うものの筈なのに、どうしてかひどく似ている。
既視感を感じて目の前の彼を見つめると、唐突にその唇が裂けた。


「運の強い人間、か」
「……あな、た……」
「お前さん、どうして俺に触れるんじゃろうな」
「……え……?」


意味の分からない呟きと共に、彼の瞳が金色に輝いた。
喜悦を浮かべた瞳が私をくっきりと映し出し、捉えて離さないとばかりに歪む。
ゆらりと近づいてくる彼に恐怖を覚え、悲鳴をあげようとした瞬間だった。


「仁王君、私の姿でそういう事をするのはやめてくださいと、何度言えば分かるのです。それに、どうして私に何も言わずに怪異を起こすのですか」
「……面倒な奴が来た」
「面倒な奴とはどういう意味ですか。元々、私と君はペアでしょう」
「あー、柳生さん、ちょっと黙りんしゃい」
「またそういう事を言って誤魔化そうと……」
「いや、ほれ、そっち見てみ」


ぞんざいな口調で示された私を、唐突に現れた目の前のそっくりさんが見つめる。
はっきりと目があって、眼鏡の奥の瞳が不思議そうに揺れた。その反応は、先程の銀髪の彼とよく似ていて。
そこで、ようやく一つの可能性を思い浮かべる。

冷たかった銀色の彼の身体。
触れることを確認する仕草。
そうして、一瞬で背後に迫っていたという事実。

徐々に繋ぎ合わせ、そしてぽつりと呟いた。


「…………幽霊……?」


全く同じ顔で、全く同じタイミングで、全く同じ動作で。
双子のように顔を見合わせた彼らは、ほぼ同時に頷いたのだった。




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