だらりとしどけなく細い身体を床に投げ出して、青い瞳が天井を眺めていた。時折、何かがいるかのように視線が動くけれど、どれだけ辺りを探してもその瞳が追いかけるものは見えない。
「何か見えるの?」
「何も見えないよ」
事もなげに首を振って、不二が薄っすらと笑みを浮かべる。それは妙に扇情的な色を含んでいて、その艶めかしさが辺りに溢れ出した。白い肌に散った赤い印がそれに拍車をかけて、生きているくせに人形のような、そんな作り物めいた感覚を覚えた。
「幸村ってさ、加減を知らないよね」
「加減? 何の?」
「何って言われたら困るけど……僕、身体が動かないんだけど」
「へぇ、どうしたの。大丈夫かい?」
わざとらしく心配そうな声音を作れば、不二がくすくすと笑みを零した。一体何が面白かったのかよく分からなかったものの、声を上げて笑う元気はあるらしい。と言っても、身体が動かないのと声が出るのは別問題だろうけど。
「手を貸して欲しい?」
「そう言ってまたベッドに引きずり上げる気だね」
「さすがにそこまでする気はないよ。お望みならそうしてあげるけど。それより、床で寝転がってたら身体を痛めるよ」
「うーん、それもそうだけど……」
そう言いつつも起き上がらないのは、本当に身体が動かないからだろうか。試しに思い返してみれば、確かに久々に会えた反動でちょっとやりすぎたかもしれないと思わないでもなかった。これまでどれだけ力を抑えてこの細い体を抱いていたのか、それさえもあやふやだ。その二つを鑑みるに、どうやら本当に力加減を間違えてしまったらしい。
「駄目、やっぱり起き上がれない」
「仕方ないなぁ」
「仕方ないって、幸村のせいじゃないか」
「あはは、ごめんごめん」
気だるさの残る身体をベッドから引きずり出して、シーツ一枚を申し訳程度に身に纏っている不二を両手で抱えあげた。華奢な見た目に反して、その身体は重い。それがちゃんと筋肉がついているからなのか、それとも身体の力が完全に抜けているからなのかは分からなかった。
できるだけ衝撃を与えないように不二をベッドに降ろし、シーツを身体にかけてやる。赤い印が白に隠されて、空気中に放散されていた艶やかさが一瞬で掻き消える。
「あ、背中が楽かもしれない」
「そりゃそうだろ。床で寝てたら身体が痛くて当たり前」
「自分が満足した後に僕を床に転がしたのは一体誰かな?」
「え、俺そこまでやった?」
「嘘。床に転がったのは僕だよ」
「なんだ、やっぱり。さすがの俺もそこまで人でなしじゃないさ」
「一瞬不安になったのに?」
そう言われると返す言葉がなかった。動けなくなるまで不二を追い詰めた前科がある以上、迂闊な事は言えない。
「にしても俺、そんなに加減してなかった?」
「うーん、いつもより乱暴だったのは確かだと思うよ。ちょっと痛いくらいだったし」
「うわ、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」
その時の自分が何を考えていたのかさえあまり覚えていなかった。いつもならもう少し客観的に自分を見る事が出来ていたような気がするのだけれど。無意識で不二を抱いた訳でもあるまいし、どうしてこんなに記憶に穴が開いているのだろう。
「謎だなぁ」
「でも、幸村っていつもそんなものだよ」
「俺っていつもこんなにひどい?」
「今日は一段とひどいけど、普段も余裕がなさそうというか、加減を知らない時があるかな」
「加減、か。不二を壊す気はないから、その辺りは配慮してるんだけど」
「それ以前にもうちょっと配慮があっても良いと思う」
「でも、なんだかんだ言っても嫌がらないじゃないか」
久しぶりと言って抱き着いてきたのは不二の方だったような気がするし。その辺りもまた記憶があやふやで、はっきりと確信は持てないけれど。
学校が違うせいで二人の時間がなかなか合わず、ようやく数週間ぶりに会う事が出来た。それがただひたすら嬉しくて仕方がなかったのは覚えている。感じ慣れたぬくもりを抱きしめて、二人でベッドにもつれ込んで、その辺りが記憶の限界点だ。身体の感触で不二を抱いたのは覚えているのに、自分が何をしたのかは覚えていない。
ふと、白いシーツの隅から赤い印が一瞬覗いて、艶めかしく揺れた。いつもならこんなに沢山印をつけたりはしない。部活の時に着替えるからという配慮で、一応自制していたのだ。
「うーん、今日の俺は記憶喪失みたいだ」
「幸村は加減を知らない子供なんだよ。手に入った玩具で遊ぶのに夢中で、加減を知らない。遊んだ事が楽しかったのは覚えてるけど、何をしたのか覚えていない」
「俺は不二の事を玩具だとは……」
「例えの話だよ。そんな事を思ってないのは知ってるから大丈夫」
ようやく身体に力が戻ってきたのか、ゆるやかに白い腕があげられる。反射的にそれを掴めば、生ぬるい温度が伝わってきた。そのぬくもりが愛しくて、両手で手を包み込む。そのままの流れで力のない指先に舌を這わせれば、制止の声が飛んだ。
「ちょっと、手を舐めるのは禁止」
「ごめん、また無意識だ」
「もう身体が動かないから、今日は付き合えないよ」
残念、という感情が浮かんだけれど、よくよく考えれば俺も身体がだるいのだ。これ以上の行為を重ねる必要はない。そう分かっているのに、どうしても愛しい身体から手を離す事が出来なかった。
「愛情の裏返しなんだろうけど、離してくれると嬉しいかな」
「―――そうだね。もう今日は寝ようか」
「うん。このままここで寝かせて」
元々意識がはっきりしていなかったのか、手を解放して身体の傍に落としてやれば、不二はすぐに目を閉じてしまった。その顔を見ていると、胸の内から愛おしさが湧き出してくる。心がひりつく様に痛んで、どうしても不二が欲しいと思ってしまう。自分でも抑えられないその衝動は、あまりにも子供じみていて、先程告げられた言葉の通りなのかもしれないと思った。
子供がお気に入りの玩具に執着して、誰にもそれを渡さずに毎日毎日飽きる事無く遊び続けるように、俺は不二を愛しているのかもしれない。玩具は時を重ねるごとに摩耗して、最後には壊れてしまう。その末路は形あるもの全てに共通するもので、不二もまた例外ではない。玩具のようにすり減る事はないだろうけれど、俺が自分を失って追い詰めれば今日のようになってしまうだろう。これを何度も繰り返せば、玩具よりも簡単に不二は壊れてしまう。
「……でも、止まらないんだよ」
自制心を失ってしまったわけではない。言葉で表すなら、ネジが緩んでいる状態なのかもしれなかった。この衝動が不二を壊してしまう前に、それを元の形に正す事が出来ればいいのだけれど。
ベッドの中央を占領する不二の身体に寄り添うように身を横たえた。生気を失ってしまった身体は等身大の人形がベッドに寝かされているかのようで、いつか本当に不二が人形になってしまいそうで怖かった。そっと手を伸ばして、必要以上の力を込めないように細心の注意を払いながらその身体を抱きしめる。一瞬だけ青い瞳が覗いて、すぐに閉じられた。ほんの少し不二が身じろいで、こちらに身体を寄せてくる。
「おやすみ、不二」
「おやすみな、さい……」
微かな声で告げられた返事を聞いて、ようやく目を閉じた。腕の中の感触と耳元で響く寝息がゆっくりと俺の世界を埋め尽くす。目が覚めた時、同じ世界が広がっていることを願いながら、俺の意識は微睡んでいった。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -