幸村が無駄にドS!
そして、不二が無駄にドMです

完全に幸村が上
それでも大丈夫な方はどうぞ











「幸村って、Sだよね」
「随分と唐突だね。それは、サドのS?」
「そうだよ。他に何かある?」
「さぁ、分からないけど。一応確認しておこうと思って」
感情の感じられない笑みを浮かべて、不二が意味の分からない事を言い出した。こうやって、時折理解できない事を言うのは不二の癖のようなもので、その度にその言葉の意味を考えさせられることになる。しかも、大抵の場合本人は本を読んでいるものだから、いくら意味を尋ねてもろくな答えは返ってこないのだ。
「俺のどこがSなのさ?」
「うーん、強いて言うなら全部かな」
「全然強いてないよ、それ」
「でも、全部だよ。一から十まで、幸村はS」
ベットの上に寝転がって本を読む不二が、ようやく顔を上げた。先程からぱたぱたと上げ下げを繰り返していた足が、軽い音を立ててシーツに沈む。瞳の色が見えない目と視線が絡み合って、そこに妙に被虐的な色が浮かんでいるのが感じられた。
「じゃあ、不二はMだね」
「そうかな。僕ってそんなに虐めて欲しそうな顔してる?」
「してるよ」
手を伸ばしてその白い頬を撫でる。ついでに軽くその肉をつまんでやれば、微かに覗いた青が揺れた。それが面白くてもう一方の頬も引っ張ると、何とも間抜けな顔になってしまって思わず噴き出した。
「ひどいなぁ、自分でやったのに」
「思ったよりも面白い顔だからさ」
「すぐ赤くなっちゃうんだけど」
「知ってるよ」
現に手を離した後の頬はほんのりと赤くなっていて、少し痛そうだった。本人が痛いと言わないから、きっと痛みはないのだろうけれど。ごめんごめんと言葉を吐き出しながら赤い肌を撫でれば、それ以上は何も言わずにまた本の世界へと戻っていく。
「本を読む前に、俺のどこがSなのかちゃんと言いなよ」
「じゃあ、僕のどこがMなのか教えてくれる?」
まだ本に視線を向けたまま、おざなりな言葉が返る。それはいつもの事で大して気にもなりはしないのだけれど、どうしてかほんの少し悪戯心が芽生えた。おもむろに読んでいる本を取り上げ、姿勢を崩した華奢な身体を抱えて、無理矢理こちらに向かせた。特に驚いた様子も見せずにされるがままの不二は、あーあと気の抜けたため息をつく。
「まだ途中だよ、その本」
「そんなの知らない。ほら、ちゃんと俺の顔見て返事をする」
「返事って何の返事?」
今度はこっちがため息をつく番だった。変な事を言い出す不二は、万事この調子だ。その言動に振り回されるこっちの身にもなれと言ってやりたい。勿論、同じ意味合いの言葉を言ったことはあるけれど、どうにも理解は得られていない様だ。もう一度頬を軽くつねれば、ようやく視線がこちらに向いた。瞼の下に見え隠れする青を覗き込めば、硝子玉のような輝きがあった。
「俺がSっていう話の返事」
「うーん、そうだなぁ」
わざとらしく傾げられた首に沿って、繊細な髪が揺れる。それを軽く梳いてやれば、くすぐったいと身を捩られた。意味もなく細い身体を抱きしめれば、人形のような顔に人形のような笑みが浮かぶ。何も思っていないくせにこうやって笑うのも、不二の癖の一つだ。
「幸村ってイップスで五感を奪うから、そこがSっぽいかな」
「あれはテニスの技なんだけど」
「相手の全てを支配する、みたいな感じ」
「そう言われればそうかもしれないけどさ。別に支配することを意識して五感奪ってる訳じゃないよ。何もできずに相手が倒れていくのを見るのは楽しいけど」
「ほら、そういう所がSなんだよ」
そこまで言い切ってから、ようやく細い手が本を取り返そうと動き出す。それを片手で阻止しながら、少し離れた棚の上に本を投げ置いた。思ったよりも綺麗に棚の上に落ちた本が軽い音を立てて、それを見た不二がもう一度ため息を漏らす。
「本を投げちゃ駄目だよ」
「投げてから言っても遅いよ。ずっと本読んでたんだから、少しくらい俺の事見てくれてもいいじゃないか」
「いつもちゃんと見てるよ」
「目開いてるのかどうかも分からないのに?」
「見えるから大丈夫」
「そういう問題じゃないと思うのは俺だけなのかな」
指先で瞼を押し上げれば、流石に強い抵抗があった。とはいっても大したものではなくて、逆にその反応が面白くてさらに顔に手を這わせる。いやいやするように首を振りながらも、本気で逃げ出そうとはしないのだからやっぱり不二はMなのだろう。
「幸村、目は怖い」
「大丈夫、痛くしないから」
「やだ、怖いってば」
「全然逃げないくせに。絶対、不二はMだね」
「幸村の力が強いから逃げられないんだよ」
確かに俺と比べれば不二は非力だろう。身体つきも華奢で、まるで女のようにたおやかだ。顔も整っているものだから、女装すればきっと似合う。今度妹の服でも持ってきて着せてみようかと、そんな事を思いついた。
「ほら、こっち見て」
「指が触ってるってば」
「こっち見てくれたらやめるから」
防衛反応が働いたのか、瞳に薄く涙が滲んだ。虹彩の中に俺の顔が映り込んで、自分が薄く笑みを浮かべているのが見えた。こうして人を組み伏せるのは楽しいかもしれないなんて、そんな事を思う俺はきっと不二の言うとおりサディストだ。
指の力を抜いて瞼を解放してやれば、こちらに視線を向けたまま不二が涙を拭った。視線を逸らしたらまた同じことをされると分かっているのだろう。にっこりと笑みを浮かべてやれば、不機嫌そうにその顔が歪む。
「ちょっと痛かった」
「ごめんね。でも、可愛かったよ」
「人が苦しんでるのに可愛いってどういうことかな」
「不二が可愛いのが悪い。それに、Mだし」
「そんなつもりは少しもないけどね」
「ふふ、だってそんなに顔の表面だけで笑顔浮かべて自分隠してさ、本当はこうやって構って欲しいんだろう?」
「……そんな事ないよ」
取り繕うように笑みを浮かべて、所在無げに視線を彷徨わせる。どんな時だってこうして笑みを浮かべているのは、弱い自分を隠す為だ。本当は誰かに構って欲しいのに、そんな自分を見せるのが怖くて他のものに夢中になっているようなふりをして。掴みどころのない性格で一線を引いて、でも本当はそれを踏み越えて欲しいと願っている。分かりにくい感情表現で、いつだって不二は一人で笑うのだ。
「偶には素直になれば良いのに。別に甘えたって良いんだよ?」
「何のことかな?」
「ほら、またそうやって誤魔化す」
隠している本性を少しずつ暴いて。何重にも被られた仮面を、一つずつ剥ぎ取って。全てから隠れて殻に籠る不二を追い詰めていくのは、何よりも楽しい。
口元に笑みが浮かぶ。自分でも自覚できる程のそれは、不二の目にはどう映るのだろう。自分を満たしてくれる期待か、自分が壊される恐怖か。どちらでも構わない。どうせ最後にはこの人形のような殻を剥ぎ取って、丸裸にしてしまうのだから。
「幸村、僕は本が読みたいんだけど」
「駄目。しばらく俺に付き合って」
「しばらくってどのくらい?」
「不二が素直になって、俺の事見てくれるまで」
「見てるってさっきから言ってるのに」
「見てないからこんな事してるんだよ」
いつの間にか完全に不二の上に座り込むような体制になっていて、押しつぶしてしまわないように身体をずらす。抗っても無駄だと思ったのか、身体の力を抜いてベッドに転がる不二は本当に人形のようだった。何もかもを拒絶して自分を守ろうとする硝子玉の瞳。全てを取り繕って自分を見せないようにする笑顔。男なのか女なのか一見分からないような華奢な身体。
笑うよりも泣いてほしい。泣くよりも怒って欲しい。怒るよりも苦しんでほしい。その苦しみの果てに俺を見つけて、そうして俺だけを見て欲しい。独占欲とは違う、ただの所有欲。人形のような不二に対して、今の俺は人形の扱いしかできない。それがなんだか口惜しくて、だからこそこうしてゆっくりと不二を追い詰めるのだ。
「本はいつでも読めるだろう。今は俺に付き合って」
「い、や。幸村、いた……」
「痛くない。俺は絶対不二の事傷つけないから」
「それは、知ってる、けど」
瞼の奥の硝子玉。指の先でそれを僅かに撫でて、溢れてくる涙を拭う。決して傷をつけてしまわないように、けれど不二を追い詰める事が出来るように。そんな意地の悪い事ばかり考える俺と、そんな事ばかりされても俺の傍から逃げはしない不二と。結局のところ、俺たちは相性が良いのだ。



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