白い、と幸村の生肌を見た時に思ったのはただそれだけだった。
病室での暮らしが長かったせいか、日に当たる事を忘れたかのようにその肌は白い。試しにその表面を少しだけ力を込めてなぞれば、赤い筋が微かに残った。
「何してるのさ、くすぐったいよ」
「あまりにも白いので、こすれば痕になるかと思ったのだ」
「なんか退院してから肌が焼けなくなっちゃったんだよね。最近は結構外にも出てるのになぁ」
白の上に走る赤い筋。そして所々に散る赤い花。幸村はその痕を恥ずかしげもなく晒し、世に言う所の彼氏である自分にもおおっぴろげに見せる。それが幸村にとって一体どんな意思表示なのかは分からないが、少なくとも面白いものでない事だけは確かだった。
自分以外の誰かがこの肌に触れて、そしてこの痕を残した。幸村はそれを受け入れたのだろうか。それとも、その誰かが幸村を無理矢理組み伏せて痕を残したのだろうか。この肌は、この身体は、全て自分のものであると。そんな独占欲をあからさまに示す為に、この赤い花を散らしたのだろうか。
「真田、どうしたの。なんでそんなに怖い顔……」
普段なら涼やかに響くその声をいつまでも聞いていたいと思うのに、何故か今は耳につくような気がして嫌になった。噛みつくようにして唇を塞げば、行き場を失くした吐息が二人の間でぐにゃりと歪む。幸村が子供のように瞳を大きく見開いて、けれど抵抗することもなく大人しく口を開いた。その無抵抗さで他の誰かにもそうしたのかと邪推をすれば、胸の奥でどす黒い感情が一気に膨れ上がった。
力なくベットに落とされていた両手を握りしめて押さえつけ、それでも抵抗らしい抵抗を見せない幸村の上にのしかかる。潰してしまわないように足でバランスを取りながら、じっとりとこちらを見上げる幸村を見下ろした。
「……さな、だ……?」
「幸村、お前は何故……」
何故、何故、何故、何故。何を尋ねたいのかさえ分からないのに、そんな疑問が胸の内を埋め尽くす。その衝動のままもう一度唇を重ねて、息苦しさに悶える華奢な身体をきつく抱きしめた。
ようやく抵抗することを思い出したかのように、幸村の細い手がシーツの上でもがく。それを意に介さず細い首筋に噛みつけば、押し殺した声が漏れた。びくりと痙攣する身体を感じながら、さらに白い肌を赤く染め上げる。こんな場所に痕を残せば、ジャージを着ただけで見えてしまうだろう。
構うものか、と心の中で呟いた言葉がいつの間にか口から零れていた。
「さ、なっ……!」
「何故、他の人間に抱かれるのだ」
「だって、お前がっ……」
苦しげに歪む綺麗な顔。それさえも美しいと思う俺は、狂ってしまっているのだろうか。もっともっと泣いて、苦しんで、そして乞うてくれれば良いとさえ思う。普段の傲慢さの欠片も見せずに、哀れな小動物のように泣いて縋ってくれれば良い。そうすれば、沸き起こる溜飲を下げて、いつものように幸村を愛することができるのに。
「お前は俺だけを見てはくれぬのか」
返事は返らない。幸村は目を赤く濡らして、それでも涙の雫を零すことはせずに俺を見つめていた。気高い誇りを宿した瞳は王者のそれだ。誰よりも勝利に近い所に立つ幸村が、こんな自分に乞う事などありえない。そんな事は元より分かっていた。手に入らないと思うからこそ、余計にそれを手に入れたいと思うのだ。
幸村を神の子だというのなら、その背中には翼があるのか。いつかは天に帰ってしまうための翼が。そんなものがあるのなら、どんな手を使ってでもそれを切り落とさなくてはならない。そうして手の中に閉じ込めて、いつでもどんな時でも傍に留め置かなくてはならない。
「幸村。俺はお前を愛しているのだ」
この歪みさえ、愛と呼んでも構わないのなら。どんな方法で表しても許されるなら、これもまた一つの愛の形だった。
組み敷かれたまま幸村が艶やかに笑う。その笑みを一体何人に見せたのだろうと考えると、再びどうしようもない感情が沸き起こった。それを押さえつけて、無理矢理に笑みを返す。どんな引き攣った笑顔か想像もつかない程、顔の筋肉が痙攣を起こしていた。
「……俺もだよ、真田。俺も真田を愛してる」
その言葉に意味が無いことはよく分かっていたけれど、それに縋りたいと思うのはいつか幸村が遠い場所へ行ってしまうと分かっているからだろうか。一度手の中から逃れてしまえば、きっと幸村は二度と帰らない。だからこそ、どんな手を使ってでも、この手の中にその身体を収めておかなくてはならない。
再び噛みついた薄い唇からは生ぬるい人間の体温が伝わってきて、あぁ幸村はまだ人としてここにるのだと、そんな詮無い事をぼんやりと考えたのだった。



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