血のように、赤い。

ちろりと伸ばされた舌を眺めながらそんなことを思っていると、不思議そうな顔をした架夜と目があった。
問いかけるような眼差しに微笑みだけを返して、そっと白い頬に手を添える。白い頬の向こう側に見える天井がひどく遠いような気がして、一瞬だけめまいがした。
顔の両側につかれた手を軽く噛めば、くすぐったそうな笑い声が響いた。


「何考えてるの」
「何も」
「嘘。精市がそういう顔している時は、難しいこと考えてる時だもん」
「……舌がさ」
「うん」
「赤いなぁ、って」


驚いたように目を見開いて、それから少女のように架夜が笑顔を見せた。
自重を支えるための手を掴んで、そのまま華奢な身体を抱きしめる。小さな体を膝に乗せるように起き上がっても、彼女は抵抗もせずにただ抱かれていた。
ひどくあたたかいその身体を包み込んで、目の前にある白い首に歯を立てる。
くつくつと押し殺した声で笑う彼女が愛おしくて、いっそこのまま食べてしまいたいなんて馬鹿みたいな事を考えた。


「さっきからなんなの。美味しくなんかないよ」
「美味しそう、だからさ」
「でも、食べないでね」
「どうして?」
「私の身体は私のものだから」
「架夜は俺のものだよ」


きらきらと光を宿して輝く瞳を覗き込めば、彼女はくぅと喉を鳴らした。
彼女と同じように赤いだろう舌を伸ばして、瞼を舐めると、何故だか甘い味がしたような気がした。


「やっぱり、甘いよ」
「うそ」
「ほんと」


本当に、甘い。
瞼も、頬も、耳も。

その甘さを舌に乗せて、彼女の唇に噛みついた。
舌を絡めて、彼女の甘さが伝わるように口腔を隅々まで舐める。
苦しげに息を継ぐ彼女の唇をなぞると、そこもひどく甘かった。


「甘いだろう?」
「わかん、ない」
「変だなぁ」


こんなにも、甘いのに。

そう呟いて、抱きしめていた身体をそっと押し倒す。
最初と反転した体制で彼女を見下ろすと、涙で濡れた黒い瞳に俺が映りこんでいた。
きらきらと光を反射して輝く瞳の中から、薄い笑みを浮かべた俺が俺を見つめている。


「あ、はっ……」
「どうしたの?」
「舌が、赤いね」
「君の舌も同じくらい赤いよ」
「じゃあ、」


彼女の白い手が俺の頬を撫でる。
冷たい指先が瞼と頬、耳をなぞった。


「きっと、精市も甘いよ」
「……そうかもね」


それ自体が舌のように蠢く指に自分の指を絡め、そのままベットに細い手を縫いつける。
どうしてか、甘い香りまでが漂ってきたような気がして、まためまいに襲われた。

ぐらりと揺れる視界のまま、もう一度彼女と唇を重ねる。
そうすると、一層甘い香りが強まって、それは妖しく俺の脳内を犯していった。
彼女が息をするたびに、刺激に悶えてもがく度に、その香りが俺を包み、そうして俺を壊していく。


「……分かった」
「な、にが?」
「この甘い香り」
「かお、り?」


荒い息の合間で苦しげに答える彼女を見下ろして、その全身から発せられる香りを浴びて。
そうして俺はひどく追い詰められた気持ちで彼女に告げる。


「架夜がさ、欲情してるんだよ」
「な、にいって……」
「甘い味も香りも、全部架夜が欲情してる証」
「……ば、か」


そうやって悪態をつきながら、けれど彼女は微笑んだ。
その笑顔を見つめながら、白くあたたかい身体に沈み込んでいくと、もう甘い香りと彼女以外何も感じられない。

ぐらりぐらりと世界が揺れているような感覚の中、彼女の声だけがひどく鮮明だった。


「精市も、甘ぁい」




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -