晴天。それはもう、見ていると逆に気落ちしそうなくらいの青い空。その中に浮かんでいる洗いたてのシーツのような雲。
朝は良い。早ければ、早いほど良い。普段とは比べ物にならない澄み切った空気や、人気のない清浄な静けさ。その全てが俺の精神に喝を入れ、曲がりそうになる根性を叩き直してくれる。
これを部員たちに持てる言葉の全てを尽くして語ってみると、お前は狂っているのかと驚愕される。部員たちの間では午前四時に起床し、朝の空気を味わいながら一番に部室に着くという行為が信じられない事のようだ。毎日の事なので、俺からすれば何と言う事もないのだけれど。むしろ、俺からすれば朝は七時に起床、朝練は遅刻寸前という方が信じられない。
そんな事を考えていると、ふいに俺が最も好む静けさが揺れた様な気がした。その波紋は俺が目指している部室から広がっているようで、珍しくそこに先客がいるようだ。
やっと俺の考えを理解してくれる者ができたのだろうか。そんな事を考えながら、僅かに弾んでしまう足取りで、堅く閉ざされている部室の扉を目指す。いつもならば鍵を使って中に入るものの、中に人がいるならばその必要はないだろう。
そう思ってノブを握り、勢いよく回してみる。けれど、それはガチンという鈍い音を立てて俺の手の中でささやかな反乱を起こした。どうやら、鍵がかかっているらしい。
思わず手を放し、いつもと変わらぬ強固さを保つ扉を見つめる。その間も向こう側からは微かな物音が聞こえていて、よくよく耳を澄ませるとそれは人の声のようだった。
人がいるのに鍵はしまっているのか。その矛盾に首を傾げながら、仕方無くいつものように鍵を取り出す。冷たく俺の手を押し返すそれを鍵穴に突っ込み、多少乱暴に捻った。カチン、と軽い音を立てて鍵が開く。
きちんと鍵が開いた事を確認してから、気を取り直してノブを握った。恐る恐る、という体でそっとノブに力を込めると、今度は堅い手応えなく、ゆっくりと扉が開いていく。
それまで微かに聞こえていただけだった物音が倍増し、俺に耳に届いたのはその時だった。
しまった、と思う間もなく扉を開ききってしまい、全裸で喘ぎ声を発している白い肌の女と半裸で無表情に女を突き上げている男が視界に入って、男の方とは目が合い、女の方はこちらに気づいていないようで、未だに喘ぎ声をあげ続けている。思わず硬直してしまった俺を嘲笑うかのように男の口元が歪み、それ以上に問題なのはその男がよく知る人物だという事で。


「幸村……」


茫然と、としか言いようがない表情で俺が男の名を呟くと、ようやく女も俺の存在に気づいたらしく、一拍置いて甲高い悲鳴を上げた。







「だから、悪かったって」
「その程度で済まされると思っているのか!」
「いいじゃん、ただであの子の裸見れたんだし」
「そういう問題ではないだろう!」
「俺にとってはその程度って事だよ。あ、そういえば俺の裸も見たよね、お前」
「たわけ、着換えの時に見ているだろうか!」
「あー、それもそうか。下は見えてないしねー」
「だから、そういう問題ではないと……!」
「だったらどういう問題なのさ?悲鳴上げて逃げて行ったあの子と、中途半端に残されちゃった俺と、思いがけずに女の子の裸見ちゃったお前だったら、明らかにお前が得してるだろ」
「部室でそのような行為に及ぶ事自体が間違っておるだろう!そもそもだな、お前はまだ中学生という身分なのだ。ならば、」
「あー、うるさいな。その考え方古いよ。俺は確かに中学生だけど、誰と何をしようが俺の勝手だろ?後始末はちゃんとしてるし、後腐れもない。部室でやっちゃった事は悪かったなって思ってる」


彼にしては真摯な表情で、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。その目を見るときちんと反省したのだろうと騙されそうになるが、そんな事はない。彼がこの過ちを犯すのは初めてではなく、むしろ何度目になるのか数えきれないほどの量だ。その度に同じ表情で同じ言葉を使って謝ってくるが、どうせ反省などしていないのだろう。


「分かった、部室の件はもういい。だが、許すわけではない。絶対にこれを最後にしろ」
「分かってる。ありがと、真田」
「ところで、もう一つ聞きたいことがある」
「何?あの子のアドレスでも聞きたいの?」
「たわけ!真面目に話を聞け!」
「はいはい。で、何?」
「毎回……乱入してしまう度に女の顔ぶれが違うような気がするのだが」
「うん、違うよ」


やけにあっさりとした答えは、彼の微笑みと共に俺に叩きつけられた。危惧だけで済めばいいと思っていたが、どうやらそうはいかないようだ。


「個人の交際は自由だとは思う。だが、そうも簡単に変わるものなのか?」
「何言ってんのさ。あれは彼女とかじゃないよ。ただやるためだけに会ってる女」
「なっ……!?」
「こう言えば分かりやすいかな?売春の男バージョン、って感じだよ」
「幸村、ふざけるのも大概にしないか!」


怒り、というよりも友人の不道徳さに恐れを抱いた。このままこんな事を続ければ、彼はきっと身を滅ぼす事になってしまう。それを止めるのは、事実を知ってしまった俺の役目だろう。


「ふざけてないよ」
「なお悪いだろうが!」
「じゃあ、なんて言えばいいのさ。俺がやってる事はそうとしか言いようがない行為なのに、わざわざ回りくどく表現しろって言うのか?」
「そのような事をすること自体が間違っているのだ。何故それに気づけない?」
「知ってるよ」
「……なんだと?」
「俺のやってる事が世間的に禁止されている行為だなんて分かってる。人間的に間違ってるって分かってる。分かってる上で、俺はやってるんだ」


淡々と紡がれる言葉に殴りつけられたような気分がした。それ以上ぶつける言葉がなくなって、それでも彼の考えていることが少しも理解できなくて。


「何故……何故だ、幸村……」


意識しないうちに唇から漏れた言葉に、彼は先ほど浮かべたのと同じ嘲笑うかのような笑みを浮かべる。
いいや、違う。あの笑みは嘲笑っている笑みではない。言うならば、侮蔑や嫌悪、見下し、拒絶の全てを混ぜて捏ねまわしたような、そんな笑みだ。
それまで見た事のない、彼の新しい表情だった。


「俺って凄い寂しがり屋なんだよね。だから、一人が大っ嫌いなんだ。夜とか一人だったら眠れなくて、胸が痛くて、闇が怖くてどうしようもない。だからさ、一晩一緒に誰かと寝て、その寂しさを紛らわせるわけ。セックスはそのおまけ。まぁ、俺にとってはだけど。馬鹿馬鹿しいだろ?この歳になって、一人じゃ眠れないんだから。きっと、俺は世界に嫌われてるんだね」
「そんな事をしたって……虚しいだけだろう」
「まぁ、終わった後は虚しいけど、気が狂いそうな孤独感よりましだからね。俺は身体を売る代わりに、偽物の愛を貰ってどうにか生き延びてるんだ」


飄々と彼はあの笑い方で笑って、その笑顔を俺に向けた。
笑っているようで笑えていないその笑顔が、あまりにも痛々しかった。


「何故、それを俺に話す?黙っていた方が良いのではないのか」
「馬鹿だな、真田。お前が俺に聞いたんだろ?」
「確かに聞いたが……」
「聞かれたから答えた。ただそれだけだ」


彼は呟くように言葉を紡ぎ、そのまま俺に背を向けた。俺の中で響き続ける彼の言葉が、その背中を弱々しく見せていた。
まるで免罪符のように俺に真実を語る彼は、きっと己を嫌う世界に許しを乞うているのだろう。
いつか一人で眠れる日を望み、意味のない身体の交わりを重ね、神経をすり減らし続けながら、彼は世界に許される日を待っている。
罪悪感に耐えられなくなった時の逃げ場に、俺を選んだのだろうか。もしもそうならば、何故俺だったのだろう。俺に受け止めきれる単純な話ではないのに。
そんな事を考えて、けれども口には出せなかった。今にも崩れ落ちそうな彼の背中に、その言葉をかけることはどうしてもできなかった。



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