最後の一枚
それが散った時、俺の命も終わるのだろうか





病室の中に季節はない。適度な温度を保たれた空間の中では、季節が変わったという事を感じられない。
外からやってくるものは見舞いに来る友人たちと彼らが持ってくる花だけ。それらと窓から見える景色だけが、季節が移ってゆくことを示していた。



「木枯らしが吹くようになった。もう冬本番だな」
「そうなんだ……ここは暖かいから、全然気づかないよ」
「その方がいい。最近、ひどく冷え込むようになった。風邪には気をつけろ」
「分かってる」



風邪などが命取りになってしまう現状では、気をつけないわけにはいかなかった。
心配そうな彼の顔から眼を逸らし外を見やると、人気の絶えた寒々しい中庭とそこに佇立する大きな木が見えた。
何の木なのかは知らない。夏には青々しい葉を大量につけていたそれも、今では数枚の葉を残す限りで、寂寥感を醸し出していた。

数えるほどになってしまった葉。
もう後は無いのだと、ほんの少しの余裕もないのだと、それは俺に語りかけてくるようだった。



「ねぇ、真田」
「どうした?」
「俺、死ぬかもしれないな」
「……幸村」
「ほら、あの木を見てご覧よ。夏には青々と葉をつけていたのに、今ではもう数枚しか残ってない。まるで、俺みたいだと思わないかい?」



夏には元気に駆け回り、テニスをしていた俺と。
冬の初めに倒れ、そのまま病院に囚われてしまった俺と。

真田の返事は聞こえなかった。否、返事など無かったのかもしれない。
それを気にせずにただ木を眺めていた。あの葉が散らなければいいと、そんな事を願いながら。


その日から、毎日朝起きてからの日課が葉の枚数を確かめることになった。
一枚、二枚……と葉を数え、それが減っていることに気づくたびに首をじわじわと占められているような気分になった。
真綿の紐が俺の首に巻きついている。葉が一枚落ちるたび、じわじわとそれが締め付けてくる。
いつか、楽になる時が来るだろうか。最後の瞬間、俺はきちんと死ねるのだろうか。

そんな事を考え続けて、真田との会話の日から一週間がたった。

葉は、あと一枚になっていた。





「幸村」
「真田。久しぶりだね」
「部活が忙しくてな……一週間ぶりか?」
「うん、それくらいかな」



あの日から彼は一度も来ていなかった。俺の言葉に怒ったのかとも思ったが、そうでもなかったらしい。
何故か上機嫌そうな彼の顔を見つめ、俺は首元に手をやる。

今日の朝、最後の一枚が散ってしまった。
じわじわと首を絞めていた真綿の紐は、その瞬間にぷちんと音を立てて切れ、俺はまだ生きている。



「お前に見せたいものがあるんだ」
「え?」
「少し、外にでないか。看護師には許可を取った」
「……別に構わないけど」



頷いてベッドを下りると、用意のいい事に車椅子がそこにあった。
うまく歩けない身体では一人で外に出ることすらできない。それを虚しく思いながら、黙って腰を下ろす。
ゆっくりと進み始めた振動を感じながら、俺は静かに目を閉じた。



病院から一歩外に出た瞬間、冷たい空気が俺を包み込み、思わず身を震わせる。
するとすぐに上着が肩にかけられて、大丈夫かと尋ねられた。それに無言の頷きを返し、冬の厳しさに簡単の息を吐いた。



「見せたいものって、何?」
「こっちだ」



こっちだといわれても俺は自分では動けないのだ。黙って座っているしかない。
ゆるゆると押される車椅子の上で辺りの景色を眺め、その進行方向が中庭だと気づいたのはそこに入ってからだった。
中庭には芝生の地面と簡単な花壇、そして中心に一本の大きな木。たったそれだけしかない。
その中の何を見せたいのかと考えていると、ふいに車椅子が止まった。



「幸村、見てみろ」
「………え………?」



言われて顔を上げて、目に飛び込んできたのは大きな木。
いつも俺が窓から眺めていた木。葉が全て落ちてしまったはずの木。

なのに。
何故かそこには大量の葉がついた木があった。



「どうして……?」
「皆で葉を作った。病院側に許可を貰って、お前と俺が話している間につけさせてもらった。画用紙や折り紙や布で作っているから、枯れない」
「…………」
「だから、死ぬなどというな。お前が死ぬ事を望んでいるものなどどこにもいない。お前に生きて欲しいと思っているものはたくさんいるのだ。だから……生きろ、幸村」
「……馬鹿だなぁ」



本当に馬鹿だ、みんな。
だって、だって。雨が降ったら全部落ちてしまうじゃないか。慰めにならないような言い訳なんて、いらないのに。
視界が歪んで緑色の葉が見えなくなった。顔を俯けて両手で覆うと、真田の手が背中に当てられる。
その温かさと辺りの寒さが反発しあって、ここには冬が来ているのだと思った。

病室の中には無い冬と、希望と、願いが、ここには満ちていた。





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