すまない、とは言えなかった。
彼はきっと、そんな言葉を望んではいないだろうから。
名前をまともに呼ぶことすらできず、俺はただ沈黙するしかなかった。
だって、彼の悲しみは痛いほど伝わってきていたから。



「……ごめんね」



小さく、誰にも届かないように呟く。
去っていく彼の背中が、全てを拒絶しているように見えた。








テニスを、楽しもうと思っただけだった。
終わってしまった全ての後に続いていた小さな道。
そこで自分の力を試そうと思っていた。
三連覇という夢が壊れて、後に残ったのは喪失感だけ。
目指してきたものを全てを奪われ、次にどこへ行けばいいのか分からなかった俺に示された、最後の道だった。


皆でまたテニスができる。
たくさんのプレイヤーと、そして何より彼と対戦ができる。
その喜びを胸に秘めて望んだ合宿。

─────対戦の望みは叶った。
でもそれは、俺の望んでいた形なんかじゃなかった。


負けたくはなかった。
けれど。
勝ちたくもなかった。
俺の勝利は彼の敗北を意味していて、それは俺達の決別を示す。

何故かとても広く感じるコートに立って、久々に彼と向かい合った。
真剣な表情の彼を見ると、ふいに静かな情景が浮かびあがる。
合宿の前日の部室。
二人で、中学最後のテニスを楽しもうと、そう笑い合った。
その時はこんな事になるなんて思ってもみなかったから。
彼とダブルスをしてみたいと、そう望んだのがいけなかったのかもしれない。
それを望まなければ、こんな事にはならなかったのに。



「二人でダブルスしたかったな」
「そう言うな。高校になってもテニスはできる」
「まぁ……それはそうだけど」



気負いはない。
迷いもない。
そんな口調で彼は笑った。
迷っているのも、悲しんでいるのも俺だけなのかと思えば、それは酷く悲しい。
彼に気負って欲しいわけでも、迷って欲しいわけでもないけれど、俺が感じるこの気持ちを彼に理解してほしかった。

審判の手が上がり、コールが響く。
最後の試合が始まった。




結果は7−1。
妥当、と言える結果。
過去の試合の中で、俺が彼に負けた事はない。
今回も、一切手抜きはしなかった。
迷わず五感を奪ったし、乱雑に振り回すラケットに当たる事がないよう、彼の身体を狙った。
暗闇の中から飛来するボールに、彼は恐れを抱いただろうか。
それとも、俺に恨みを募らせただろうか。
いいや、そんなはずはない。
彼がそんな事を思うはずがない。
そう信じたいのに、それでも俺はそれを信じ切れない。
彼の、この合宿における未来を奪ったのは俺だから。
恨まれても仕方がないのだ。

試合が終わって五感は戻ったはずだ。
けれど彼は俺の傍には来なかった。
俺の声に言葉を返してくれなかった。
黒い帽子の影で、彼の眼は虚ろな光を宿していた。
彼が何を思っていたのかなんて、少しも分からなかった。

開く距離と、進めない足。
恐れと迷いを抱き、抱え、背負ったせいで、俺はもう動けない。
どんなに心の中で叫んでも、彼は振り向かなかった。
その背中が遠くなって、見えなくなって。
その残滓までもが消えるまで見つめていたけれど。

彼は一度も、振り向かなかった。
彼は一度も、俺を見なかった。





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