楽しい時間が過ぎるのは早い。
それはもう、いつも一人で暇を潰すだけの時間よりも何倍も早くて、いっそのこと時間が止まってしまえばいいなんて思う俺はまるで子供のようだ。
時間は誰にでも平等に過ぎていくものだから、止めようがない事くらい分かっているというのに。
それでも、そう願わずにはいれらないんだ。





彼は必ずと言ってもいいほど毎日見舞いに来てくれる。部活をみっちりとこなした後だから疲れているだろうに、そんな様子は一切見せずにその日一日にあった事を話してくれる。
それを聞いている時間が、俺の生活の中で一番楽しい時間で、彼といられる唯一の時間だ。
だからいつまでもこの時が続けばいいと思うのに、時は無情に流れ、通りかかった看護師のノック音で終わりを告げる。


「もうこんな時間か。遅くまで話し込んでしまったな」
「……そうだね」


もっともっと話をしていたい。彼を見ていたい。傍にいてほしい。一人は怖い。一人は寂しい。もう、嫌なんだ。
言葉にできない想いは胸の中で渦巻いて、いつも届かないまま消えていく。
それがどこに消えていくのか、俺は知らない。
彼がゆっくりと荷物をまとめ始めた。


「では、そろそろ帰ろう」
「………嫌だ」


思わず声が出ていた。自分にも届くか届かないかぎりぎりというくらい、小さな声。
きっと彼には届かないだろう。他の誰にも届かずに、俺の周りの空気だけが俺の声を聞き届け、俺の悲しみを吸い取ってくれる。
そう思っていたのに、彼は荷物をまとめる手を止めて、俺の顔を見た。生真面目、という表現がしっくりくる顔の漆黒の瞳が驚いたような顔の俺を映しだしていた。


「今、何か言ったか?」
「……っ」


この言葉を言ってもいいのか。
この想いを告げてもいいのか。
この我儘過ぎる俺の望みを願ってしまっても構わないのか。


「どうしたんだ?何もないのなら帰るぞ」
「…嫌だ、行かないで。傍に居て」


その声は自分のものだと思えないほど震えていて、まるで知らない誰かがすぐそばで呟いたようだった。
彼は荷物をまとめる手を止め、困ったように帽子に触れる。


「そうしてやりたいのは山々なんだが、面会時間が終わってしまう」
「……そうだね」


看護師のノックは面会時間の期限が迫っているという合図。彼が毎日遅くまで残っているものだから、いつも合図をしてくれるのだ。
だから仕方がない。面会時間以上に残ることは許されていないし、もしも残っていれば注意されるだろう。彼をそんな目に合わせるのは嫌だった。


「ごめん…変な事言って」
「幸村、」
「早く、行かないと……」
「幸村!」


面会時間が終わっちゃう、と呟こうとした声は彼が上げた大声にき消された。
驚いて、いつの間にか俯けていた顔を上げて彼を見つめた瞬間、ぽろりと何かが零れ落ちて。
それが涙だと気づくのに、数秒かかった。


「何を泣いているんだ」
「分か……らない」


落ちる涙を乱暴に拭って、無理矢理顔を笑みの形に引き攣らせる。彼は帰らないといけないのだから、引き止めてはいけない。
彼はおろおろと手を彷徨わせていたが、やがて覚悟を決めたように俺の目から流れ続ける涙を拭った。


「泣くな、明日も来るし、明後日も来る。毎日来るから、もう泣くな」
「うん。大丈夫、大丈夫だから。明日も明後日も楽しみにしてる。ちゃんと待ってる」


毎日君を待ってる。待ち続けている。
待っていれば君が来てくれるから、俺はここでも生きていられる。

ふいに明るいチャイムのような音が鳴って、面会時間が終了したことを告げる放送が入った。
彼が慌てたように立ち上がり、そして躊躇う様に俺を見つめる。
それを気配で感じたけれど、顔を向けてみようとは思わなかった。
傍に居て、こうして見てくれるのは今だけだ。
彼は広い空の下に帰らなくてはならない。仲間たちが待つあの場所に戻らなくてはならない。
一緒に行けない自分が情けなくて、悔しくて、顔を上げるとまた涙が零れてしまいそうだった。


「幸村、また来る」
「…バイバイ」


小さく呟くと、彼は俺の元を去って行った。
誰もいなくなった病室はひどく寒々しくて、白いその世界を見るのが嫌で目を閉じる。
目の裏に彼の姿が浮かび上がって、彼の周りには仲間がいて。
でもそこに、自分の姿がない事に気づいて、また一粒涙を落とした。





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