目を開くと、月の薄ぼんやりとした光に照らされながら眠る彼の顔が、すぐ目の前にあった。起きている時は常に皺が寄っている眉間も今は無防備に緩み、その口元は規則正しい呼吸を繰り返している。
それをじっと見つめながら、静かに息を繰り返した。自分の体が微かに震えていることに気付いて、小さく溜息をつく。
夢を見ていたのだと思う。何の夢だったか、どんな夢だったのかはちっとも覚えていないけれど、多分あまりいい夢ではなかった。その証拠に、体の震えは止まらないし、泣きたいわけでもないのに目尻から涙が零れ落ちている。
夢を見ている間は、それを夢だと気づけない。これは夢だ、と気づくのはいつも覚醒する瞬間で、目を覚ましてみるとそれが何の夢だったか覚えていないことがほとんどだ。
リアリティに溢れた夢に限って悲しくて苦しい夢なことが多く、夢の中で涙を流すことさえある。そういう夢から目を覚ました後は自然と涙が零れることもあって、自分でも驚いてしまう。

月明かりを反射しながらベッドに落ちて、白いシーツに染み込んでいく涙を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。そうすると、さっき見ていたのだろう夢の断片が、ゆっくりと蘇ってくる。
涙は少しも止まらなくて、シーツがすぐにぐしょぐしょに濡れてしまった。それが冷たくて、悲しくて、また涙が溢れ出す。喉が引き攣るような音を立てて痙攣し、全身の震えがじわじわと酷くなっていく。

涙の染み込んだシーツの冷たさに耐えられなくなって、自分が一人で泣いている悲しさが恐ろしくなって、目の前で眠る彼にそっと抱きついた。
ゆっくりと、絶対に起こさないように抱きついたのに、彼はすぐにその夜の闇のような瞳を開いて、俺をじっと見つめた。
寝起きだというのにその瞳は綺麗に澄み切っていて、彼の意識の明瞭さを明確に表していた。


「どうした」
「………」


さすがに寝起きの少し聞きなれない声ではあったけれど、その口調はいつもと全く変わりがなかった。
対する俺は、引き攣る横隔膜のせいで彼の言葉に少しも応えられない。それが酷く情けなかった。


「何を泣いているんだ、幸村。どこか痛いのか?」
「ち、がう……」


どこも痛くない、とたどたどしい言葉で告げると、彼は安心したように頷いた。そして、そのたくましい両腕で俺を抱き締めてくれる。
その広い胸に頭を押し付けると、先ほどまで響いていた寝息のように規則的な鼓動が、とても間近に感じられた。
どくり、どくり。その音に合わせて、それまで体内で横暴に暴れまわっていた俺の心臓も、その鼓動を規則正しいものに修正していく。それと並行して、引き攣っていた横隔膜も落ち着きを取り戻し、緩みっぱなしだった涙線も少しずつ引き締まっていった。

俺にはきっと、彼が必要なのだ。俺一人では俺自身をきちんと動かすこともできない。なのに、彼がこうして抱き締めてくれるだけで、俺の全てはあるべき姿に戻っていく。


「大丈夫か」
「うん。ありがとう」
「構わん。苦しいなら、遠慮せずにいつでも起こせ」
「それはさすがに申し訳ないなぁ」
「そんなことを思うような人間ではなかろう」
「ふふ……ばれた?」


ふざけた様な口調で笑ってやれば、彼は安心したように溜息をついた。
こんな深夜に急に起こされて、しかも起こした相手がぼろぼろ泣いていたら、そりゃ驚くだろう。きっと俺だったら驚きすぎて、何をどうすればいいのかちっとも解らないに違いない。もっとも、俺が想像してみる相手は彼なので、その驚きもひとしおのような気がしないでもないけれど。

その胸に強く頭を押し付けていると、暖かい手でそっと頭を撫でられた。普段はそんなことをしないからとても驚いて、けれど嫌な気分でも無くて、そのまま体を預ける。


「このまま寝れるか?」
「俺は平気だけど、真田は無理だろ」
「俺も大丈夫だ。寝ぞうは良いつもりだからな、押しつぶすこともないだろう」
「そうだな。隣で寝てるから、よく知ってるよ」
「そうか。その保証があるなら安心だ。あまり遅くまで起きていては体に悪い。さっさと寝るぞ」
「うん」


そう言えば、彼は夜は九時に眠って、朝は四時に目を覚ますなんていう、小学生のように規則正しい生活を送っている人間だった。なのに、こんな時間に起こされたんだから、きっと早く眠りたいに違いない。

おやすみ、と小さく呟くと、耳元で低い返事が聞こえた。その余韻が消えてしまえば、耳に響くのは彼の心音だけ。その音が消えてしまわないように、しっかりと彼の胸に頭を押し付けて目を閉じた。
暗闇の中で聞く鼓動は不思議な事に、際限なく響く波の音に似ていた。





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