彼と俺は違いすぎる。
彼の純真さと実直なその心は、歪みきった俺には眩しすぎる。
俺のような汚れた人間は、きっと彼には触れてはいけないのだ。

俺がその事を知ったのは、彼への気持ちに気づいた直後だった。
薄々感づいていた自分の気持ちを、否定したくてそう思いこもうとした。
そんなことしたって、彼への気持ちは消えたりしないのに。




部活終了後の部室はとても騒がしい。
部活が終わったことによって気分が高揚しているのか、皆がけたたましくお喋りを繰り広げるからだ。
内容としてはとてもくだらない些細な世間話なのだけれど、そのざわめきの中で彼が笑っているのを見ると、酷く胸の奥が蟠る。
どす黒い化け物が、心の底から湧きあがって、俺の心を汚していく。


「仁王君、今日鍵当番でしたよね?」
「おー、そういやそうじゃったっけの」
「全く……これ以上忘れて帰ったら、真田君にどやされますよ」
「それは勘弁じゃ」
「では、私は先に帰ります。また明日。アデュー」
「おー、じゃあの」


茶髪の友人を見送って、仕方無く椅子に腰を下ろした。
何をするというわけもなく、ぼんやりと空中を眺めて時間を潰す。
部室の鍵当番が嫌いという訳ではない。時間を潰すのだって、苦手という事もない。
ただ、ついつい忘れて帰ってしまって、いつもいつも彼に怒鳴りつけられることになる。
怒鳴られている間は俺のことだけを見ていてくるなんて馬鹿馬鹿しい事を考えた事もあるけれど、怒りの目で見られたって嬉しくも何ともなかった。


「お前ら、とっとと帰らんか!明日も練習はあるのだぞ!」


ふいに部室中に彼の大声が響きわたり、それまで囀る小鳥の如く話を展開していた仲間たちが蜘蛛の子を散らすように荷物を抱えて部室を出ていく。
俺の傍を通る時にはそれぞれに別れの挨拶を述べ、ありきたりなまた明日という言葉を残して帰って行った。
あれだけ騒がしかった部室が急に静かになり、何となく虚しくなってため息を一つ吐き出した。


「どうした、ため息などついて」
「……って、お前さんまだおったんか」
「今日の部誌は俺の当番だからな。すまないが、もうすぐ終わるから待ってくれ」
「了解ナリ」


あまりに静かに存在しているものだから、気配に少しも気づかなかった。
窓の鍵やらなんやらと確かめようと上げかけていた腰をまた椅子に下ろし、特に目的もなく彼の横顔を眺める。
真剣で真っ直ぐな目つき、彼の性情を現すように切りそろえられた髪。
そのどれもが好ましく思えて、愛おしく思えて、全てを所有してしまいたいなんて思ってしまう。


「で、どうしたんだ?」
「何がじゃ?」
「さっきのため息だ。既に一度聞いただろう」
「あぁ、そういや聞いとったの」


どうせ正直に答えることなんてできはしないのだから、適当に答えてしまっても構わない。
むしろ、はぐらかしてしまう方が良いかもしれない。
それでも、どうにかして聞いてみたいという好奇心を抑えきれなかった。


「まぁ、端的に言えば恋の悩み、ちゅうんかの」
「珍しいな、お前がそんな事で悩むなど」
「そか?俺も純粋な中学生じゃけん、悩む時くらいあるよ」
「それもそうだな。で、恋の悩みがどうしたんだ?」
「そーじゃなぁ……例えばの話じゃが、もしも好きな人ができて、それが絶対に叶わない恋じゃったら、お前さんはどうする?」
「絶対に叶わないの定義が分からん。もう少し詳しく説明しろ」
「定義、のぉ……」


男同士。性格の不一致。相手が重度の堅物。厳格すぎてちょっと怖い。
ちょっと考えるだけでかなりの理由が思い浮かぶ。
そのどれもが結構決定的なものだとは思ったけれど、口をついて飛び出したのは全く違う言葉だった。


「相手はすごく綺麗な奴なんじゃ。嘘なんか一回もついたことがないような真っ直ぐな心をしとるし、もちろん曲がったことは大嫌い。仲間の事を第一に考えられる良い奴じゃし、何よりも人をひきつける魅力がある。しかも物凄くスポーツが得意で─────」


彼の事を思いながら、指折り彼の良い所を連ねていく。


「────何より、眩しいくらいの良い目をしとる。そこに惚れたんじゃがの」
「……よく見ているんだな」
「当たり前じゃろ。で、そいつはそんなに綺麗なのに、俺の方がどうじゃ?嘘はつく、サボり癖はある、ふらふらしとって歪んどるし、仲間の事考えてやることもできん。人をひきつける魅力なんてないし、眩しい目もしとらんよ」
「つまり、釣り合わないということか?」
「そうじゃな。後は、違いすぎる。闇と光がいくら惹かれあったって、一緒に住むことはできんじゃろ?」
「うむ、確かにそれはそうだが……お前は自分で思っているほど、悪い奴じゃないぞ」


どきり、と心臓が跳ねた。
悪い奴じゃない、という言葉が彼の精一杯の褒め言葉のような気がした。
初めて彼に、認められたような気がした。


「確かにサボり癖やふらふらはしているが、注意すればちゃんと直る。直そうという意識がどこかにあるからだ。歪んでいるというが、俺にはその歪みが分からん。仲間のことだって、ちゃんと考えられていると思う。人をひきつける魅力についてはよく分からんが……お前の目は良い目だと思う。ちゃんと前を見れているはずだ」
「……さよ、か」
「あぁ、そうだ。諦めずに、一度話をするなりなんなりしてみたらどうだ?可能性が0ということはないと思うぞ」
「そうじゃな、一回やってみることにしようかの。あんがとさん、真田」
「気にするな。お前がしおらくしているのは似合わんからな」


また真剣に部誌の記入に戻った彼にばれないように、深く深呼吸をした。
また少し肥大してしまったこの想いは、いつか彼に伝わるのだろうか。
もしも彼が、お前は酷い奴だと罵ってくれたら、きっとこの瞬間に諦められただろうに。
彼の優しさが俺を繋ぎとめて、後悔の海で溺れさせようとしている。
彼のせいで長引いてしまった苦痛を、心地いいと感じる俺はおかしいのだろうか。
そのことについて彼に尋ねてみたかったけれど、今度こそ聞くに堪えない言葉が返ってくるような気がして、そんな勇気を出せなかった。
ただただ、沈黙したまま彼を見つめることしか、できそうになかった。





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -