校内一斉短歌大会で、彼が最優秀賞を取ったと聞いた時には驚きを隠せなかった。
公に口に出せることではないが、彼は短歌が得意ではない。
短歌というよりも詩や俳句などの文学的な創作物が苦手なのだ。
その分、絵という手段で己の世界を表現する彼が、何故短歌で最優秀賞を取れたのか。

その疑問は、彼が詠んだ俳句を見た瞬間、簡単に解決した。


『朝に咲き 夕には萎む 彼の花に 我が人生の はかなさを知る』


流れるように綴られたその歌は、達人が書くような鬼気迫る迫力は持っていない。
拙いともいえるその単語の一つ一つは、とりたてて選び抜かれたものでもない。
誰が読んでも意味の通じる、深みのない単純な短歌。
それは逆に、彼の心情の全てをありありと表わしていた。
彼があの時感じていた全てを、どんな歌よりもはっきりと示していたのだ。

だからこそ、魅かれる。
彼の心が思う存分に込められたこの歌に、誰もが心惹かれてしまう。
彼の歌は彼の事情を知る誰もの心を、完全に奪ってしまったのだ。




「精市」
「どうしたの、蓮二。そんなに怖い顔して」
「何故、あの短歌を書いた?」



部活が始まる僅かな空白。
二人の他に誰もいない空間で、彼の目を見つめた。
彼は不思議そうに首をかしげて、そしてゆっくりと微笑む。


「何故って……思ったことを素直に書きましょう、って言われたからね。思ったことを素直に書いたまでだよ」
「わざわざ己の悲しみを綴らずとも良いだろう。あれを読み返すたびに、お前は過去に囚われ続けるのか?」
「過去がなきゃ俺が今生きていない。俺の悲しみを俺がどう表現しようと、それは俺の権利だろう?」
「ああ」


違う、と思った。
俺が言いたいことは、こんなことではなくて。
俺が聞きたいことは、もっと違うことの筈で。


「あんなことをまだ思い続けているのか」
「あんなこと?」
「お前の病はもう治ったはずだ。死の心配など、しなくても良いだろう」
「さすが蓮二だね。あの短歌の意味をきちんと理解してくれるなんて」
「ふざけるのもいい加減にしろ。まだ死に縛られ続けるつもりか」


彼は欝蒼とした笑みを口元に浮かべたまま、静かに首を振った。
どこか遠くで、微かな叫び声が聞こえている。
いくつもに割れ、反響しているそれは、まるで悲鳴のようだった。


「普通の人はね、俺が病で苦しんでいた頃の想いを綴っているだけだと思ってるんだ。本当に、馬鹿だよね」
「せい……」
「あれは俺の死への希望と願望だよ。俺の人生はきっと儚いですね、ってそう嘲笑ってるんだ。なのに、誰も気づかない。ここまで無知だと、いっそのこと滑稽だよね」
「もういい、やめろ。そんな事を……」
「でも、蓮二は気付いてくれた。さすが、うちの参謀だ」
「やめろ!」


叫び声とほぼ同時、部室の扉が開いた。
その向こうに覗いた顔に、思わず顔をしかめてしまう。
いつの間にか激しく暴れている心臓の動悸が、今にも止まりそうなほど苦しかった。


「何をやっているのだ、お前たちは」
「何でもないよ。今から練習行くから」
「精市、ま……」
「俺はね」


すぐ傍を通り抜け、今にも外へ出てしまうというその境界線上で彼は振り返った。


「もう、この世に何の執着もない。全部、一度手から離れてしまったものだから」


逆光に照らされて、彼の表情が見えない。
笑っているのか、泣いているのか。何も浮かべていないのか。
予想のつかないその感情が、あまりにも怖かった。


「大丈夫か、蓮二」
「ああ、すまない」
「……幸村の事は気にするな。戻ってきたばかりで、少し気が立っているだけだ」
「……分かっている」


静かに頷きを返すと、弦一郎は無言で部室を出て行った。
沈黙だけが残った四角い空間の中に、彼が残した言葉が攪拌している。

彼は一体どこへ行くのだろう。
何の執着も残っていない世界に、彼が生きている意味はあるのだろうか。





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