冷たく無機質な扉をノックし、返事を待ってから中に入る。
それはほぼ毎日繰り返される一連の動作で、自分でも手慣れたものだと感心した。
カーテンが全開になり、少し肌寒いくらいの風が入り込んでいる病室は、いつもよりも明るい雰囲気を醸し出していた。
丁度夕食の時間だったのか、いつもは収納されているベッドサイドテーブルにプラスチックのトレイが置いてあった。
その上には栄養バランスを完全に計算されているのであろう和食中心のメニュー。育ち盛りの中学生ということを考慮されているのか、一般的に抱く病院食のイメージよりは豪華な印象を持った。



「久しぶりだね、蓮二」
「昨日も来ただろう。ついでに言えば、一昨日も先一昨日もだ」
「手厳しい事言わないでよ。俺的には久しぶりなんだ」
「そうか。それは悪い事をしたな」



小さく笑い合って、見舞い客用の椅子に座る。ちらりとトレイの上に視線を走らせると、食事をしたというよりは適当に突っついて形を崩したというのが正しいような残骸があった。



「食事中だったか?」
「ううん。もう食べ終わったよ」
「これで食べたといえるのか」
「お腹が一杯なんだ」
「もう少し積極的な栄養摂取を行った方が良い。手術をして治ったはいいが、痩せ過ぎて運動ができないという事態に陥るぞ」
「うわ、馬鹿らしくて涙が出る」



そう言いながら精市はトレイに目を向ける。食べ始める気はないようで、手を伸ばしすらしなかった。
親の敵か何かのように食事を睨みつけ、そしてため息をつく。



「点滴をしてるし、動かないから食欲がないんだ。欲しくない」
「もう少しでいいから食べろ。本当に倒れても知らないぞ」
「平気平気。どうせ病院じゃベッドから降りることの方が少ないんだから」
「そう言う問題ではない。ほら、見せてみろ」



嫌がる精市を叱りつけ、その腕を掴む。
予想していたよりも細く華奢になっていて、力を入れ過ぎたのではないかと心配になった。
少し力を入れれば簡単に折れてしまいそうで、慌てて触れているというくらいまで力を抜いた。



「何故こんなになるまで放っておいた。自分でも痩せたと思っただろう」
「確かに痩せたね。でも、心配するほどの事じゃ────」
「精市、数か月前の自分の腕を覚えているか。自分がどれだけ力を持っていたか覚えているか。今その腕で、同じ力が出せるのか?」
「……無理、だと思うよ」



渋々といった風に頷いて、精市は俺から視線を逸らす。
これは精市の癖だ。気まずい時、自分の非が分かっている時、彼は必ず目を逸らす。



「ちゃんと俺の目を見て放せ。別段、怒っているわけではない」

「嘘だ、怒ってるじゃないか」
「これくらいで怒っているなどと思われても困る。怒らせてみたいのか、精市?」
「遠慮しておくよ。蓮二が怒ったら怖いからね」
「ではきちんと食事をしろ。全て食べ終えるまで帰らないからな」



骨と皮ばかり、と表現しても差し支えが無いような腕を開放し、トレイを指す。
心底嫌そうな顔をした精市を睨みつけ、箸を取って無理矢理持たせた。



「蓮二、知ってる?これ、ものすごくまずいんだよ」
「知らない。だが、お前のような病人にはまずいものが良いんだ。良薬口に苦しと言うだろう」
「まずすぎたら逆に悪くなりそうなんだけど……」
「とっとと食べないと開眼するぞ」
「うーん。じゃあ、蓮二が食べさせてよ」



いい思いつきをしたといわんばかりに顔を輝かせて、精市が俺に箸を押し付けてくる。
やむなくそれを受け取って、深々とため息をついた。



「何を言っている。お前は小学生以下の子供か。自分で食事くらいできるだろう」
「できるよ。でも、まずいから自分じゃ食べたくないんだ。蓮二が食べさせてくれたら、食べられそうな気がする」



ね、と小首を傾げて口を開けられた。その姿はまるで餌をねだる雛鳥のようで、仕方がなく親鳥になってやることにする。
せめてもの嫌がらせに苦そうな人参を口に放り込んでやった。
2、3回噛んで苦味が口に広がったのか、思い切り顔を顰めていた。それを見つめてひっそりと笑う。



「性格悪いなぁ……人参だけくれなくてもいいじゃないか」
「次はピーマンを入れてやろうか?」
「あーもう、何でもいいや。どうせ全部食べろって言うんだろ?」
「よく分かったな。ほら、早く口を開けろ。箸が顔に刺さるぞ」
「うわひど……って、ホントにピーマン入れるし」



もごもごとくぐもった声で文句をつける精市を見つめながら、次に何を食べさせるか考える。
苦い物ばかりではさすがかに可哀想なので、次は野菜以外の物を食べさせてやろう。



「食べられるじゃないか」
「蓮二が食べさせてくれたからだよ」
「誰が食べさせても同じだろう」
「絶対違う。蓮二が食べさせてくれたら美味しく感じるからね」



少しずつゆっくりと減っていく食事を見ながら、実は空腹だったのではないかと考える。
やせ細ってしまった腕を見つめながら、もう少し健康的な身体になるまでこうして通うしかないかと思案する。



「蓮二」
「何だ」
「あーん、ってしてよ」
「何が悲しくて男同士でそんなことをしなければならないんだ」
「俺がして欲しいから。はい、あーん」
「……あーん」



ため息まじりにそう言ってやると、何が嬉しいのかにこにこと笑いながら咀嚼していた。
窓から差し込む夕日に照らされた精市を見つめ、たまにはこんな手間も悪くはないと小さく思った。





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -