「精市、時期部長の件についてだが、頼めないだろうか?」


ギラギラと輝く日差しが照りつける、ある夏の日。
いつものように練習を終え、着替えをしている最中だった。蝉の騒がしい鳴き声が、どこかから響いていた。
部室に残っているのは俺と蓮二だけ。他のメンバーは珍しく全員帰っていて、もしかしたらそれは蓮二の策略によるものなのかもしれないと、そう思った。


「どうして、俺が」
「最も強い人間が、集団を率いるのは自然なことだろう」


否定の意味を込めて尋ねると、飄々とした言葉で返事を返された。
目の細い蓮二の表情を読み取ることはできなくて、その言葉が本心からのものなのか、それとも他の誰かの決定なのか読み取ることはできなかった。
それが少し腹立たしくて、はっきりと首を振ってみせる。


「一番強い奴が部長じゃないといけないなんて決まり、どこにもないだろ」
「だが、考えてみるといい。野生動物のほとんどは、最も強い物が権力を握っているぞ」
「それは野生の話だ。ここはどこぞのジャングルか?近代的な日本の真ん中だろ」
「それは認めよう。だが、二番目に強い奴が納得しないんだ」


二番目、と口の中で呟いて、三年目の付き合いになる眉間の皴が深い男の顔を思い浮かべた。
確かに、あいつなら納得しないに違いない。


「じゃあ、三番目に強い奴はどう思ってる、蓮二?」


ちらりと上目遣いに顔を見上げてみれば、蓮二は三番目という言葉に反応することも無く、涼しい表情のままだった。こんなにくそ暑いのに、よく汗一つかかずに笑っていられるもんだ。
じわりと浮かんだ汗をぬぐい、そして目の力を強める。
蓮二はますます笑みを深くし、そして僅かに頷いた。


「俺もお前が良いと思っている。弦一郎を、とも考えたが、あんなのが長では部員の息が詰まって練習ができなくなる。そもそも、あいつは責任感があるが、全員を纏められるかといえばそうでもないだろう。今一つ、人の心の掌握に欠けるんだ」
「あいつは馬鹿正直だからな」
「あぁ。今年は癖の強い奴が多い。それをあいつが纏めるのは不可能だ。それにあれだけ威圧感のある馬鹿が二番手に居たら、逆らう奴もそうそうはいないさ」


なるほどね、と小さく呟いた。理詰めの説得が来るかと身構えていたのに、返ってきたのは意外と単純明快な理由だった。
それでいて、間違ってはいないのだからどうしようもない。


「じゃあ、何で蓮二じゃ駄目なんだ?」
「俺はそう言ったことに興味がない。俺が人を従わせることができるとは思えないし、お前たちと違って絶対的な力を俺は持っていない」
「データテニスがあるじゃないか」
「あれはお前たちの技とは違うだろう。それにな、俺とお前たちでは明らかに人種が違うんだ。お前たちには人間を惹きつける光があるが、俺にはそれがない。それでは駄目なんだ」
「それだけの理由で俺に面倒事を押し付けるつもりか?俺が面倒嫌いなの、知ってるだろ?」


納得できない訳ではなかった。
そう言われればそうだと納得できるし、言っちゃ悪いが蓮二は人の上に立つ人間ではない。どちらかといえば、影の方で糸を引き、全てを思いのままにゲームメイクしていく人間だ。
陰湿、ともいう。


「そこまで面倒でもないさ。表立った騒ぎは、弦一郎に押し付けてしまえばいい」
「なるほどね」


ため息交じりに頷いて、着替え終わった服を鞄に放り込んだ。
部室の外でうるさく鳴き続けている蝉の声が、耳についてしょうがない。
それを振り払うように一度頷いて、腹を決めた。どれだけ抵抗しても、参謀と呼ばれる蓮二の説得を振り払うことはできないだろう。


「分かった、引き受けよう。面倒事は真田に押し付ける。優秀な参謀と、便利な雑用係が傍にいるんだから、俺にもどうにか務まるだろ」
「元より、お前一人に全てを背負わせるつもりなど毛頭ない。これは、俺達三人で背負っていけばいいものだ。俺は陰からの活動が多くなるだろうがな」
「分かってる。にしても、俺は楽ができる部長だな。左右に隙もないし。こういうのを両手に花って言うんだな」
「……花、か?」


それまで涼しい表情を崩さなかった蓮二は、苦虫を噛み潰したような顔になる。
でたらめな諺を間違えたかと思ったが、すぐにその理由が分かって、噴き出すようにして笑った。
蓮二は名の通り、花に例えても綺麗だろうけれど、真田は───……。
思わず二人揃って顔を見合せ、そして黙って首を振り合った。





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