かたん、と乾いた音が響いて図書室の扉が開いた。反射的に顔を上げると、予想通りの顔がそこにあって、私は僅かに微笑む。
彼はその視線に気づいたのか、返事を返すように口元をゆるめて見せ、静かな動作でこちらに近づいてきた。


「今日も当番なのか」
「そうだよー。相方の子が部活忙しいから、放課後は私がやってるの」
「そうか。では、返却を頼む」
「新しく違うのも借りる?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、手続きしておくから探してきなよ」


ほぼ毎日繰り返されるやりとりに、彼は返事も返さずに並んだ本棚の群れへと近づいていく。
彼がカウンターに置いて行った本を取り、返却に必要な捺印を施して返却済みの本が置かれている場所に放り込んだ。

ちらりと彼の方を窺ってみると、どうやら何を借りるべきか悩んでいるようで本棚の前で難しそうな本を流し読みしている。
他には誰もいない図書室で私は彼の横顔を眺め、彼は本の文章を眺める。この視線が交わることはないし、交わらない方が良いのだろうとも思った。


「ねぇ、柳君」
「なんだ?」
「何かいい本ある?」
「ふむ。大部分は読んでしまっているからな。なかなか見つからない」
「お勧めの本を紹介しようか?」
「お前が進める本は恋愛ものばかりだろう。俺はそっち方面の本にはあまり興味がない」
「そっかぁ…残念」


確かにその通りだ。私が読む本は恋愛ものが多い。それも、あるジャンルのみ。
女の子が片思いをして、叶わぬ恋に夢を見ている話ばかり。


「お前こそ純文学を読むべきだな。なんなら、俺が紹介してやるぞ?」
「間に合ってるから大丈夫。柳君の読む本は私には難しすぎるよ」
「読む前から諦めるのは良くないな。挑戦する心は大切だ」


読んでないなんて決めちゃ駄目だよ。
心の中でぼそりと呟いて、それを押し隠すための笑みを口元に浮かべる。わざと気の抜けた声を出して、彼に悟られないように心を砕いた。


「そうかなぁ?でも、絶対難しいって」
「そこまで言うのなら無理にとは言わない」
「うん、ごめんね」
「気にするな」


読んでないはずがない。柳君が借りた本は返却された後で借りて読んでみているし、その度にその本たちの文章の難解さに顔をしかめている。
それでもその難解さに最近慣れてきて、この本のどこが面白いのかとかが少しずつだけど分かるようになってきた。


「では、この本を頼む」
「りょうかーい。ちょっと待ってね」


柳君がカウンターに積み上げた本の題名を記入し、貸出に必要な手続きを簡単に行う。毎日やっていると勝手に慣れていくもので、友人にも感心されるほどだ。
全ての手続きを終え、柳君に本を返す。重たそうなそれを、柳君は軽々と持ち上げてテニスバッグに詰め込んだ。


「今から部活?」
「ああ。急がなくてはな」
「そっか。頑張ってね」
「ありがとう」


かたん、と入って来た時と同じ音を立てて柳君が図書室を出ていく。静けさだけがその場に残って、私は思わず顔を歪めた。


彼の好きな本の種類を知っている。
彼の好きな作家を知っている。

彼に恋い焦がれる夢を見る。
彼に恋い焦がれる話を読む。

彼と会うためにわざわざ当番を交代してもらっているし、彼の好きそうな本を入荷できるように図書委員会で発言したりもしている。


でも、そんなのは私の自己満足だ。柳君に気づいて欲しいとか感謝してほしいとか、そんな気持ちは1ミリもない。
……なかった、はずだったのに。

いつの間にか気持ちはどんどん大きくなって、私は彼がこの想いに気づいてくれる日を待ち望んでいる。
そして願わくばと、彼が私を受け入れてくれることを祈っている。
そんなこと、ありえないのに。

ぼんやりと見渡した図書室は私一人には広すぎた。その冷たさが私の心を埋め尽くして、ほろりと涙が零れおちる。
歪んだ視界の中で彼の返却した本が見えて、思わずそれを掴んでいた。
きつく握りしめた拳の中で、ぐしゃりと本のページが歪んだ。





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