轟、と大きく風が揺れ、それに呼応するように古びた校門がキィキィという音と立てた。
かつての栄光の姿など見る影もなくさびれてしまった姿だったものの、そこに幾ばくかの懐かしさを覚えるのは気のせいではないだろう。
小さく息を吐くと即座に真白に染まり、ふわふわと煙のように風に消えていった。



「随分と、変わったな」



呟きは自分の耳にも微かにしか届かなかった。取り立てて返事を求めていたわけではなく、些細な独り言のつもりだった。
自分がこの学校を卒業してから長い月日が経っている。これだけの変化があったとしても、おかしくはないだろう。
しばらくそうして校門を眺め、意を決してその敷地に足を踏み入れた。以前辿っていた道を思い出しながら、ゆっくりと懐かしい校庭を進む。


この学校が廃校になると旧友から連絡が入ったのは数日前だ。
何が原因だったのかは知らない。最近叫ばれる少子高齢化の犠牲だろうか。自分が通っていた頃、この学校はなかなかの名門だったはずだけれど。

俺はもう行って見てきた。もうお見納めだからな。お前も行ってきたらどうだ? 旧友はお節介な言葉を言うだけ言い残し、すぐに電話を切ってしまった。
その時にはここに来る気なんて少しもなくて、むしろなくなるなら勝手になくなってしまえとも思ったのだ。
なのに、どうしてか自分は今懐かしい地に足を踏み入れている。

多分、それはその後かかってきた彼女からの電話のせいだ。



「にしても、寒いなぁ」



白く上る息を見つめて、面影のある校舎に近づいた。中には入れないように施錠されてしまっていて、外から見ることしかできない。
ざらりとした質感の壁に手を触れ、目を閉じて過去を思い出す。

テニス部としての栄光
笑いあった記憶
三年間の思い出
そして、今なお鮮明な彼女の姿

ぐるぐると回るそれらの思考の狭間で、不意に足音が響いた。



「幸村、君」
「……久しぶりだね」



今思い浮かべたのとさして変わらない姿で彼女がそこにいた。
その姿に懐かしさを覚えるよりも先に、その表情があどけなく破顔する。



「ごめんね、待たせた?」
「いや、俺も今来たばかり」
「そっか。………変わっちゃったね」
「そうだね」



そう、変わってしまった。あの頃から比べて、沢山のものが変わった。俺も、周囲も、何もかも。
その中でただ、彼女との思い出だけが不変のまま俺の中に残っている。

自然と並ぶ形になり、ゆっくりと校庭を歩く。特に目的地があるわけではなく、ただただ足の向くままに歩いた。
途中、彼女は懐かしそうに思い出話をしてくれたけれど、俺には思い出せないことがほとんどだった。
同じものを見て、同じ事を聞いて、同じ思い出を作ってきたはずなのに。



「ほら、覚えてる? あの花壇で、精市は花を植えてたでしょう」
「そうだね。確かあれは……」



いつも笑顔で俺を見つめた彼女の瞳が、今は過去の情景だけを写そうとしている。
いつの間にか変わった呼び方が胸に響いて、覚えていたはずのことまでを打ち消してしまった。
俺が思い出せないことに気付いたのか、彼女が苦笑気味に花の名前を教えてくれた。



「アネモネ、でしょう?」
「うん、そうだ。君が好きだった花だね」
「今でも好きだよ。とても綺麗だもの」



最近はあまり見ないんだけどね、とぼやくように言った彼女の横顔がひどく寂しげで。
ふと、花の世話する俺の隣で笑っていた彼女の笑顔が瞼の裏に蘇った。

じゃあ、と掠れる声で呟く。
ほんの少しの願いを込めて、終わってしまった恋の結末を変えたくて。
消えていく思い出と、変わっていく世界の中で不変のものだけを信じたかった。



「花を、あげるよ」
「え?」
「俺がまた花を咲かせるから」



だから、と淀んだ言葉で彼女が目を見開く。
強く吹き付けた風が彼女の髪をはためかせたけれど、彼女は微動だにせず俺を見ていた。



「だから、傍で見ていて欲しいんだ」



やり直せるならば、取り戻せるならば。
どうか懐かしいあの日から。

彼女が一拍置いて、顔をくしゃくしゃにして笑った。
今にも泣きだすんじゃないかと思うくらいに顔を歪めて、ふいに体当たりでもするように抱きついてくる。



「ありがとう、精市」



掠れ震える声があの日の彼女と重なった。
その手をもう離さないようにしっかりと握りしめ、小さく息を吐く。それはまた白く染まって宙に上って行ったけれど、もう寒くはなかった。
温かい彼女の身体が心までもを温めてくれるような、そんな気がした。





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